【コラム】表現の自由はヘイトスピーチを守るのか 人種差別撤廃条約が示す境界線

この記事のポイント

1.表現の自由は民主主義社会の基礎となる権利だが、国際人権法は差別や暴力の扇動を無制限に保護していない。
2.人種差別撤廃条約4条は、人種的優越や憎悪に基づく思想の流布、人種差別の扇動、暴力の扇動などへの法的対応を締約国に求めている。
3.日本では、憲法21条の表現の自由、人種差別撤廃条約の義務、ヘイトスピーチ解消法の限界をあわせて考える必要がある。

表現の自由は、なぜ厚く守られるのか

日本国憲法21条は、集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由を保障し、検閲を禁じている。表現の自由は、政府批判、報道、学術研究、芸術活動、少数意見の表明を支える権利である。国家が不都合な意見を「危険」「不適切」と判断して封じれば、権力を監視する機能は弱まり、社会の側から政策や制度を問い直す回路も細くなる。人権保障の出発点として、表現の自由が厚く守られる理由はここにある。

国際人権法は「無制限の自由」とは見ていない

自由権規約19条は、意見を持つ権利と表現の自由を保障し、情報や考えを求め、受け、伝える自由を認めている。同時に、表現の自由の行使には「特別の義務及び責任」を伴うとも定める。さらに同20条は、戦争宣伝と、差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道を、法律で禁止するとしている。ここで示されているのは、表現の自由を権力から守ることと、差別や暴力をあおる言動から人の尊厳を守ることを、同じ人権法の中で扱う考え方である。

人種差別撤廃条約4条が問題にする言論

人種差別撤廃条約4条は、より具体的に人種主義的な言論と団体活動を扱う。同条が問題にしているのは、特定の人種や、皮膚の色、世系、民族的・種族的出身を同じくする集団を「他より優れている」とする考え方や、そうした考え方に基づいて差別や暴力をあおる言動である。そのうえで、人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布、人種差別の扇動、暴力行為やその扇動、人種主義に基づく活動への資金援助などを、法律で処罰すべき犯罪とすることを締約国に求めている。あわせて、人種差別を助長・扇動する団体や宣伝活動を違法化し、禁止することも定めている。

「不快な発言」と「差別扇動」は同じではない

人種差別撤廃条約は、単に不快な発言や過激な意見をすべて禁じる制度ではない。条約5条は、差別なしに保障される権利の一つとして、意見及び表現の自由を掲げている。したがって、条約の構造は「表現の自由を認めるか、差別規制を取るか」という二者択一ではない。むしろ、表現の自由を前提にしながら、人種的優越や憎悪を利用して特定集団への排除、敵意、暴力を広げる言動を、人権侵害として切り出している。

日本の留保と制度上の課題

日本は人種差別撤廃条約を締結する際、第4条(a)及び(b)について、憲法が保障する集会、結社、表現の自由などと抵触しない限度で履行するという留保を付した。外務省は、処罰対象が広くなりすぎれば、政治評論や正当な言論を萎縮させ、罪刑法定主義との関係でも問題が生じ得ると説明している。他方で、国連人種差別撤廃委員会は2018年、日本に対し、一般的勧告35号を踏まえ、表現の自由を保護しながら人種主義的ヘイトスピーチに対応する措置を取ることや、第4条留保の撤回可能性を検討することに言及している。

ヘイトスピーチ解消法の到達点

国内では2016年、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」が施行された。同法は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消を喫緊の課題とし、国や地方公共団体の責務、相談体制、教育、啓発を定めている。ただし、罰則を置く包括的な差別禁止法ではない。表現の自由を守る制度と、差別扇動から少数者の尊厳を守る制度をどのように接続するのか。日本では、憲法21条、人種差別撤廃条約4条、ヘイトスピーチ解消法を並べて読む作業がなお残されている。

出典

外務省「市民的及び政治的権利に関する国際規約」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_004.html

外務省「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html

外務省「人種差別撤廃条約Q&A」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/top.html

国連人種差別撤廃委員会「General recommendation No. 35: Combating racist hate speech」
URL:https://www.ohchr.org/en/resources/educators/human-rights-education-training/d-general-recommendation-no-35-combating-racist-hate-speech-2013

国連人種差別撤廃委員会「日本政府報告審査に関する総括所見(2018年)」
URL:https://www.mofa.go.jp/files/000406781.pdf

e-Gov法令検索「日本国憲法」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION

e-Gov法令検索「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC0100000068

法務省「ヘイトスピーチ、許さない。」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

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