1.一般社団法人Colaboは2026年6月4日、代表コラム「性搾取社会を見つめる」の新着記事を紹介した。
2.仁藤夢乃さんと菱山南帆子さんが、リベラルや人権運動の現場にも残る女性差別的な振る舞いを議論した。
3.性暴力に抗議する場であっても、若い女性の発言や拒否を軽視しない運動文化が問われている。

一般社団法人Colaboは2026年6月4日、代表コラム「性搾取社会を見つめる」の新着記事として、菱山南帆子さんとの対談を紹介した。タイトルは「リベラル界にもいる『わからせおじさん』『わからせおばさん』」。Colabo代表の仁藤夢乃さんが、性暴力や性搾取に抗議する運動の場でも、若い女性たちに要求を押し付ける人がいるとして、運動内部の性差別を論じる内容になっている。
Colaboの紹介文は、デモや集会の場で若い女性が要求を拒否すると、暴言を吐かれる場面があると指摘する。問題が起きても、「仲間なんだから」「あの人は昔から運動をやっているから」「悪気はないから」といった言葉で矮小化され、傷つけられた側が沈黙させられることがあるという。人権や平和、反差別を掲げる場であっても、年齢、性別、経験年数、発言力の差が、別の支配関係を生む場合がある。
この論点は、性搾取や性暴力への抗議活動に限られない。市民運動、労働運動、地域活動、学校、NPOなど、理念として平等を掲げる組織でも、内部の力関係が見えにくくなることがある。とくに若い女性が声を上げたとき、「言い方がきつい」「場を乱している」と受け止められ、加害的な言動そのものよりも、問題を指摘した側の態度が審査される構図が生じやすい。
人権上の論点は、被害を訴えた人が二次被害を受けない環境を、運動や支援の現場が自ら整えられるかにある。性暴力に反対する集会であっても、参加者の身体的距離、発言の機会、役割分担、連絡手段、写真撮影、懇親の場での振る舞いが、若い女性にとって安全でなければ、運動への参加そのものが閉ざされる。理念の正しさは、現場での関係性を免責しない。
Colaboは、今回のコラム紹介にあわせて、「女性人権センター」建設プロジェクトへの寄付キャンペーンも案内している。同センターは、社会からの攻撃や妨害に屈しないための女性運動の拠点として、2030年の完成を目指すものだという。仁藤さんと菱山さんの対談は、性搾取社会への批判を、運動内部の権力関係や女性の発言権の問題にまで広げて捉える内容として読むことができる。
一般社団法人Colabo「性搾取社会を見つめる|リベラル界にもいる『わからせおじさん』『わからせおばさん』-菱山南帆子さんと対談」
URL:https://colabo-official.net/info/column/20260604.html

