1.文部科学省の年次調査は、2024年度のいじめ重大事態を1,404件と集計したが、調査報告書の公表件数や公表率は示していない。
2.川越市は3カ月、長野市は6カ月、札幌市と吹田市は1年を公表期間の基準とし、同じ重大事態調査でも閲覧できる期間に差がある。
3.奈良市や松本市は被害児童生徒側の所見書を併載し、千葉市は当初報告から約3年後の追加調査報告書を公表した。報告書だけでは把握できない異論や調査漏れを残す仕組みとなっている。

1,404件の重大事態、公表された報告書は何件か
文部科学省が2026年3月5日付で公開している2024年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の概要では、いじめの重大事態は1,404件に達した。前年度の1,306件から98件増え、法施行後で最多となった。このうち、重大な被害を把握する前に学校がいじめとして認知していなかった事案は490件、全体の34.9%だった。重大事態調査の主体は、当該学校が1,097件で78.1%を占めた。
ただし、同調査には「調査報告書を公表した件数」「概要版のみ公表した件数」「被害児童生徒側の意向によって非公表とした件数」といった項目がない。1,404件のうち、住民や他校の教職員が報告書を閲覧できる事案が何件あるのかは、国の統計から判別できない。文部科学省は2025年10月29日の通知ページでは重大事態を1,405件としており、後日付の概要との間に1件の差も生じている。本稿では、2026年3月5日付概要の1,404件を用いた。
人権ニュース編集部は2026年7月25日までに、札幌市、川越市、長野市、有田市、吹田市、千葉市、奈良市、松本市の公式サイトで公表されている重大事態調査報告書、所見書、公表方針を確認した。全国の自治体を網羅した調査ではなく、公表形式や掲載期間を公式資料から確認できた8市を対象とした比較である。
法律が義務づけるのは「本人への説明」
いじめ防止対策推進法第28条は、学校の設置者または学校に対し、重大事態の事実関係を明らかにする調査を行うよう定める。調査後は、いじめを受けた児童生徒と保護者へ、事実関係その他の必要な情報を適切に提供しなければならない。
ここで区別すべきなのは、被害児童生徒側に調査結果を提供することと、インターネットなどで一般公開することである。前者は法律に基づく責任だが、後者を一律に義務づける条文はない。
文部科学省が2024年8月に改訂した「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」は、公表によって事実関係を正確に伝え、憶測や誤解を抑え、他の学校のいじめ対策に活用できると説明する。そのうえで、事案の内容、重大性、被害児童生徒と保護者の意向、公表による児童生徒への影響を総合して判断し、特段の支障がなければ公表することが望ましいとした。調査委員の氏名も、支障がない限り公表する方針を示している。
したがって、「報告書は必ず全文公開しなければならない」とも、「個人情報が含まれるため非公表が原則である」ともいえない。公表と非公表の間には、匿名化した公表版、事実関係を圧縮した概要版、再発防止策だけを抜き出した資料など、複数の選択肢がある。
被害児童生徒の同意をどこまで重く扱うか
札幌市教育委員会は2026年5月、「札幌市におけるいじめの重大事態の調査及び調査結果の公表に関するガイドライン」を策定した。同市は調査完了時の報告書公表を基本としつつ、被害児童生徒と保護者が公表に合意していることを原則とした。本人側が望まない場合は、原則として公表しない。
国のガイドラインは、本人側の意向を複数の判断要素の一つとしている。札幌市は、本人側の合意を公表の前提に近いものとして扱う。似ているようで、判断構造は異なる。
本人側が公表を望まない理由には、学校名が伏せられていても地域や学年、発生時期、家族構成などから当事者が推測される危険がある。調査報告書には、交友関係、心身の状態、家庭での発言、医療機関への受診、欠席状況などが含まれることがあり、匿名化しても生活圏内では識別できる場合がある。
他方、本人側が公表を望んでいるのに、学校や教育委員会が「個人情報」を広く解釈して事実認定や組織対応まで削除すれば、調査を行った学校側だけが公表範囲を決めることになる。国のガイドラインが、個人情報保護を理由として被害児童生徒側への説明を怠ってはならないと記したのは、保護すべき情報と検証すべき学校対応を分ける必要があるためである。
3カ月で消える川越市、1年残す札幌市・吹田市
公表すると決めた後も、報告書をいつまで掲載するかについて全国共通の基準はない。
川越市は2026年6月2日、重大事態に関する報告書と被害児童保護者の所見書を公表し、掲載期間を9月2日までの3カ月とした。長野市は、2026年3月16日に公表した報告書を9月16日まで、6月11日に公表した別の報告書を12月11日まで掲載する。いずれも公表期間は6カ月である。
有田市は2026年2月12日に報告書を掲載し、8月31日を掲載終了日とした。吹田市は2025年12月25日から2026年12月24日までの1年間を公表期間としている。札幌市の新ガイドラインも1年間を基本とし、本人側が継続を望まない場合は期間途中でも終了できる仕組みを採用した。
奈良市、松本市、千葉市の公表ページでは、2026年7月25日時点で掲載終了日は明記されていない。これは恒久公開を保証するものではないが、過去の報告書を同じページで参照できる千葉市の方式は、追加調査やその後の対応を時系列で確認しやすい。
3カ月と1年のどちらが適切かは、期間の長短だけでは決められない。被害児童生徒の在学中は公表による特定リスクが高く、卒業後も本人が地域で生活を続ける場合がある。しかし、短期間で報告書を削除すると、他校が再発防止策を検討する際の一次資料も失われる。
掲載終了後に自治体内部で保存されていても、一般の教職員、保護者、研究者、報道機関は情報公開請求をしなければ内容を確認できない。公表期間の設定は、プライバシー保護だけでなく、行政が検証を受ける期間を決める行為でもある。
「全文か概要か」ではなく、公表版の中身が問われる
報告書の名称も統一されていない。札幌市と松本市は「公表版」を作成し、札幌市は数十ページに及ぶ場合、併せて概要版を掲載する。松本市が2025年10月に公表した報告書は28ページで、調査目的、調査委員会の構成、調査経過、事実認定、学校の対応、再発防止策までを章立てしている。
川越市の報告書は12ページ、有田市は42ページ、奈良市は39ページだった。ページ数が多ければ十分な調査であるとは限らず、少なければ不十分とも断定できない。確認すべきなのは、いじめと認定した行為、認定できなかった事項、その判断に用いた資料、学校が把握した時期、校内組織での共有、被害児童生徒への支援、再発防止策が読み取れるかである。
個人名や学校名を黒塗りにしても、学校の対応部分まで大幅に消せば、何を改善するための報告書なのか分からなくなる。反対に、児童生徒の会話や家庭内の事情を細部まで掲載しても、組織的な検証には直接結びつかない場合がある。
公表版の編集では、「個人を特定する情報」と「学校対応を検証する情報」を段落単位で分ける必要がある。学校名、児童生徒名、住所、医療機関名は削除対象になり得るが、担任がいつ管理職へ報告したか、学校いじめ対策組織がいつ開かれたか、教育委員会がどの段階で関与したかは、再発防止に直結する行政情報である。
所見書がなければ、報告書が「唯一の事実」になる
文部科学省のガイドラインは、被害児童生徒と保護者が調査結果に対する所見書を地方公共団体の長へ提出できることを、調査主体が説明するよう定めている。所見書は、調査委員会の認定に被害者側が同意したことを示す書類ではない。調査漏れ、事実認定への異論、学校対応への評価、再調査の希望を、報告書と並べて行政へ伝えるための制度である。
川越市、長野市、奈良市、松本市は、少なくとも一部の公表事案で所見書を報告書と併載している。奈良市が2026年4月に掲載した所見書では、被害児童側が、学校の記録の不足や調査の中立性に対する懸念を記した。松本市の所見書は、被害児童側への確認が不十分だったとの認識を示し、再検討を要望している。いずれも調査委員会の見解とは区別して読む必要があるが、報告書だけを公開した場合には表に出ない争点である。
所見書を併載すると、読者は調査報告書を行政による最終的な「正解」としてではなく、調査組織が収集できた証拠と判断に基づく結論として読める。被害児童生徒側の主張がすべて事実認定されるわけではないが、調査組織と本人側の認識がどこで分かれているかを記録として残せる。
公表ページに所見書がない場合、それだけで被害児童生徒側が報告書に同意したとは判断できない。所見書を提出しなかった場合、提出したが公表を望まなかった場合、自治体が報告書だけを掲載した場合を、ウェブページから区別できないためである。
千葉市の追加調査が示した「報告書は確定版ではない」
千葉市は2026年5月25日、2023年3月15日付の学校内いじめ問題対策委員会による報告書と、2026年3月5日付の追加調査報告書を同じページに掲載した。当初報告は5ページ、追加調査は17ページで、追加調査委員として弁護士2人が参加した。追加調査は、被害児童側から新たに提出された資料などを踏まえて行われた。
当初報告から追加報告まで約3年を要した事実は、重大事態調査報告書が常に一度で完成するとは限らないことを示す。聴き取り対象の不足、確認資料の欠落、当初調査後に提出された記録などにより、後から調査事項が加わる場合がある。
文部科学省のガイドラインも、事前に確認した調査事項に漏れがある場合や、調査中に新しい調査事項が判明した場合は、本人側の意向を確認したうえで追加調査を行うことが望ましいとしている。
追加調査を公表する場合、当初報告を削除して差し替えるだけでは、どの認定が維持され、何が変更されたのかが分からない。千葉市のように両方を掲載する方式は、初回調査の限界と追加調査による修正を比較できる。ただし、自治体は変更点の対照表も添付した方が、被害児童生徒側や市民が経緯を把握しやすい。
吹田市の「40分」が示す黒塗り処理の危険
吹田市は2025年12月25日、重大事態調査報告書の公表版をウェブサイトに掲載した。同市は、午後0時15分から0時55分までの約40分間、黒塗り箇所に誤りのあるファイルを掲載し、午後2時45分に正しいファイルへ差し替えたと説明した。誤ったファイルを取得した人には削除への協力を要請している。
この公表から、個人情報が実際に第三者へ拡散したかどうかは確認できない。それでも、一度取得された電子ファイルは、自治体が差し替えても回収を保証できない。公表は透明性を確保する手段であると同時に、匿名化の誤りが新たな人権侵害を生む可能性を伴う。
黒い図形を文字の上に置いただけのPDFでは、コピー操作やファイル解析によって下の文字を読み取れる場合がある。画像として処理した場合でも、文書のプロパティ、ファイル名、しおり、代替テキストなどに識別情報が残る可能性がある。自治体は、担当課の目視だけでなく、個人情報担当部署、法務担当者、事案を知らない第三者による再識別テストを経て公開する必要がある。
公表率ではなく「検証できる公表」を測る
重大事態報告書の公開状況を全国比較する場合、公表したか、しなかったかだけを数えても制度の実態は見えない。公表版が数ページの概要にとどまる場合と、事実認定から再発防止策までを掲載する場合を、同じ「1件」と数えることになるためである。
少なくとも、次の六項目を分けて記録する必要がある。
1.調査報告書本体、公表版、概要版のどれを掲載したか
2.事実認定、学校対応の検証、再発防止策が掲載されているか
3.調査委員の氏名または職種を示しているか
4.被害児童生徒側の所見書を併載したか
5.追加調査、再調査、その後の改善状況を追記したか
6.掲載期間と掲載終了後の保存・閲覧方法を明示したか
文部科学省の年次調査にこれらの項目を追加すれば、1,404件の重大事態のうち、調査結果が学校外でどの程度共有されたかを把握できる。公表できなかった案件についても、本人側の意向、再識別の危険、捜査や裁判への影響など、理由を個人が特定されない形で分類できる。
「三層公表」で被害者保護と再発防止を分ける
編集部は、重大事態報告書を一つのPDFだけで公開する方式には限界があると考える。被害児童生徒の生活情報を含む事案の記録と、他校が学ぶべき組織上の問題を同じ期間、同じ詳細度で公開する必要はない。
第一層は、被害児童生徒側と内容を確認した調査報告書の公表版である。個人の特定につながる情報を削除しつつ、事実認定、学校と教育委員会の対応、再発防止策を残す。掲載期間は本人側の意向と再識別の危険を踏まえて設定する。
第二層は、数ページの概要版である。調査主体、調査期間、認定したいじめ、学校対応の問題、再発防止策、所見書や追加調査の有無を整理する。報告書を読む時間のない保護者や他校の教職員にも、調査の骨格が伝わる形にする。
第三層は、事案固有の情報をさらに削った「制度改善版」である。学校名、時期、学年、家庭事情を外し、初期対応、情報共有、記録保存、教育委員会の関与、支援体制などの教訓を恒久的に残す。本人側の事情から公表版を取り下げた後も、制度改善版は教職員研修や行政評価に利用できる。
札幌市が公表版と概要版を併載し、千葉市が当初報告と追加調査報告を残し、奈良市と松本市が所見書を掲載した取組は、この三層公表を構成する要素を既に備えている。川越市の3カ月、長野市の6カ月、札幌市と吹田市の1年という公表期間の差を埋めるには、掲載期間を一律化するだけでなく、期間終了後に何を社会的記録として残すのかを各教育委員会が明文化しなければならない。
文部科学省「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン(令和6年8月)」 URL:https://www.mext.go.jp/content/20240830-mext_jidou01-000037829_3.pdf
文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」 URL:https://www.mext.go.jp/content/20260305-mxt_jidou02-100002753_3.pdf
札幌市「いじめの重大事態の調査及び調査結果の公表に関するガイドライン」 URL:https://www.city.sapporo.jp/kyoiku/sidou/jidouseito/huzokukikan/documents/honsho080518.pdf
川越市「いじめ重大事態に関する報告書と所見書の公表」 URL:https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kosodate/kyouiku/1004595/1021545.html
長野市「いじめの重大事態に関する調査報告書」 URL:https://www.city.nagano.nagano.jp/n601000/contents/p006080.html
有田市「いじめ重大事態に係る調査報告書の公表について」 URL:https://www.city.arida.lg.jp/kurashi/kosodatekyoiku/kyoiku/1005483.html
吹田市「いじめの重大事態に関する調査報告書の公表について」 URL:https://www.city.suita.osaka.jp/kosodate/1018299/1018300/1041441.html
千葉市「いじめ重大事態調査結果の公表」 URL:https://www.city.chiba.jp/kyoiku/gakkokyoiku/kyoikushien/izimezyuudaizitai.html
奈良市「市立小学校におけるいじめ重大事態に関する調査報告書について」 URL:https://www.city.nara.lg.jp/site/kyouiku/192954.html
松本市「いじめ重大事態に関する調査報告書を公表します」 URL:https://www.city.matsumoto.nagano.jp/site/kyoiku/177186.html

