1.厚生労働省は外国人患者の受け入れについて医療機関向けマニュアル、医療通訳育成カリキュラム、多言語資料などを整備している。
2.医療通訳は単なる「外国語が話せる人」ではなく、医療知識、通訳技術、倫理、守秘、文化的背景への理解を伴う専門的な役割として整理されている。
3.説明内容を患者が十分理解できないまま署名だけを得ても、医療上の意思決定を支えるインフォームド・コンセントの目的は達成できない。言語へのアクセスは医療安全にも直結する。

2025年、訪日外国人も在留外国人も過去最多
厚生労働省は2026年9月8日、全国の病院などを対象とした「令和7年度 医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」の結果を公表した。
同省は調査の背景として、2025年に訪日外国人旅行者数と在留外国人数の双方が過去最高となったことを挙げている。外国人患者への医療提供は、特定の国際病院だけの課題ではなく、地域の一般病院や診療所にも関係する問題となっている。
医療現場で最初に生じる障壁の一つが言語である。
「痛い」は伝わっても医療同意は別問題
日常会話がある程度できる外国人患者であっても、診断名、治療法、副作用、手術リスク、代替治療などを日本語で正確に理解できるとは限らない。
例えば「手術をすることは分かった」としても、手術しない場合にどのような危険があるのか、どの程度の確率で合併症が起きるのか、退院後に何が必要なのかまで理解できなければ、十分な意思決定は難しい。
医療では、患者本人に必要な情報を説明し、その理解を踏まえて本人が治療を選択することが原則となる。
そのため、同意書に署名があるかどうかだけでなく、患者が何について同意しているのかを理解できる言語環境が確保されているかが重要となる。
厚労省は「医療通訳」を専門的役割として整理
厚生労働省は「医療通訳育成カリキュラム基準」を公表し、医療通訳者に必要な知識と技能を整理している。
カリキュラムには、通訳理論・技術だけでなく、医療の基礎知識、身体の仕組みと疾患、患者の文化的・社会的背景、異文化コミュニケーション、医療通訳者の倫理などが含まれる。
つまり、医療通訳は単に「日本語と外国語を話せる人」に頼めばよいという考え方とは異なる。
医療特有の専門用語を理解し、患者や医療者の発言を勝手に省略・追加せず、守秘義務に配慮しながらコミュニケーションを仲介する専門性が必要になる。
家族や子どもに通訳を頼むリスク
医療機関では、専門通訳を確保できない場合、患者の家族や知人に通訳を頼む場面が生じることがある。
しかし、家族通訳には限界がある。
病名や予後など心理的負担の大きい情報について、家族が本人を思って内容を弱めたり、逆に本人が家族には知られたくない情報を伝えにくくなったりする可能性がある。
特に子どもが親の医療通訳を担う場合は慎重な対応が必要である。専門的な医療情報を子どもに仲介させることは、情報の正確性だけでなく、子ども自身に心理的な負担を負わせる問題にもつながる。
家族による補助が直ちに不適切というわけではないが、重大な治療判断ほど専門通訳など独立したコミュニケーション支援の確保を検討する必要がある。
「外国人だから治療できない」ではなく受け入れ体制を整える
厚生労働省は「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」を公表し、受付、診療、入院、退院、医療費、通訳などを横断して受け入れ体制を整理している。
地方自治体向けにも受入環境整備マニュアルを用意し、地域の医療機関、行政、通訳サービスなどを把握し、連携体制を構築するよう促している。
外国人患者受入れ医療機関のリスト、外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)、希少言語の遠隔通訳サービス、多言語説明資料なども整備されている。
制度上の方向は、外国人患者を特別な例外として扱うことではなく、言語や制度の違いがあっても安全に診療できる仕組みを医療提供側に組み込むことにある。
医療通訳は「患者の代弁者」ではない
医療通訳者の役割についても整理が必要である。
通訳者が患者の代わりに治療法を選んだり、「こちらの治療がいいと思います」と判断したりするものではない。
医師の説明と患者の意思を、できる限り正確に相互へ伝えることが基本となる。
文化的背景の違いを医療者側へ説明する「文化仲介」の役割が生じる場合もあるが、最終的な意思決定の主体は患者本人である。
通訳の存在は、本人の自己決定を奪うものではなく、むしろ本人が自己決定できる条件を整えるための支援である。
言葉が通じないことは医療安全の問題
医療通訳を「接客サービス」とだけ考えると、その必要性を過小評価することになる。
薬のアレルギー歴、妊娠の可能性、服薬状況、痛みの場所、持病、手術歴などが正確に伝わらなければ、診療上の危険が生じる。
退院時の薬の飲み方や受診のタイミングを理解できなければ、治療後にもリスクが残る。
つまり言語アクセスは、患者満足度だけでなく、診断精度、治療選択、服薬、医療事故防止に関係する医療安全上の課題でもある。
2026年調査の次に見るべきもの
厚生労働省は2026年9月8日に最新の外国人患者受入れ実態調査を公表した。
今後は「外国人患者を受け入れた病院数」だけではなく、院内通訳、電話・映像による遠隔通訳、翻訳機器、多言語説明資料をどの程度使えるのか、夜間・休日や救急でも対応できるのかを確認する必要がある。
大都市の大病院と、外国人住民が増えている地方の小規模医療機関で利用できる支援に大きな差があれば、居住地域によって医療へのアクセスに差が生じる。
外国人患者が増える2026年の日本で、医療通訳は「外国人向けサービス」という周辺的な施策ではなく、患者本人が自分の身体に関する説明を理解し、治療を選択するための基盤として捉える必要がある。
厚生労働省「令和7年度『医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査』について」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75735.html
厚生労働省「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000173230_00003.html
厚生労働省「医療通訳に関する資料 一覧」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000056944.html
厚生労働省「医療通訳育成カリキュラム基準」
URL:https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/kijun.pdf
厚生労働省「医療の国際展開」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kokusai/index.html
厚生労働省「地方自治体のための外国人患者受入環境整備に関するマニュアル」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/newpage_00005.html
厚生労働省「訪日外国人患者の受け入れを円滑に行うための入門ガイドブック」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000173230_00007.html
