1.アパレル企業の人権方針では、社内の差別・ハラスメント対策だけでなく、海外工場、製造委託先、移住労働者、外国人技能実習生への対応が中心課題になっている。
2.ファーストリテイリング、良品計画、アンドエスティHD、オンワード、ワールド、アシックス、ゴールドウイン、ワコールは、公式資料でサプライチェーン上の人権尊重に触れている。
3.比較の焦点は、強制労働や児童労働の禁止を掲げるだけでなく、工場監査、責任ある雇用、苦情処理、是正措置まで仕組み化しているかにある。

ファーストリテイリングは2025年版の現代奴隷制声明で、2024年9月1日から2025年8月31日までの年度に、同社の事業とバリューチェーンにおける強制労働、児童労働など現代奴隷制リスクへの対応を進めたと説明した。同社は、人権デュー・ディリジェンスの見直し、強制労働や苦情処理に関する社会監査項目の追加、従業員・顧客・バリューチェーン上の労働者向け通報経路の整備を挙げている。衣料品は、店頭に並ぶまでに原材料、紡績、染色、縫製、検品、物流、販売という複数の工程を通るため、人権方針の実効性は、自社の従業員だけを見ても判断できない。
日本政府は2025年12月24日、「ビジネスと人権」に関する行動計画を改定し、企業活動における人権への負の影響の特定、評価、予防、軽減、対処などから成る人権デュー・ディリジェンスの導入促進への期待を示した。経済産業省は2022年9月13日、日本政府のガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を決定している。アパレル・繊維分野では、これに加えて、OECDの「衣類・履物セクターにおける責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」や、日本繊維産業連盟の「繊維産業における責任ある企業行動実施宣言」が、業界固有の参照点になる。
本稿では、2026年7月4日時点で各社が公表している公式資料を基に、アパレル・スポーツ用品・生活衣料関連企業8社の人権方針とサプライチェーン管理を比較した。対象は、ファーストリテイリング、良品計画、アンドエスティHD、オンワードホールディングス、ワールド、アシックス、ゴールドウイン、ワコールホールディングスである。比較軸は、①人権方針の対象範囲、②強制労働・児童労働への言及、③移住労働者・外国人技能実習生への対応、④生産委託先・サプライヤー管理、⑤苦情処理・救済の5点とした。
| 企業名 | 公式資料で確認できる主な記載 | 読み取れる特徴 |
|---|---|---|
| ファーストリテイリング | 2025年版現代奴隷制声明で、強制労働・児童労働を含む現代奴隷制リスクへの対応を記載。生産パートナーに苦情処理メカニズムの整備を求め、Fast Retailing Hotlineをバリューチェーン上の労働者向け代替窓口として運用。現地言語で利用できることも説明している。 | グローバルSPAとして、生産委託先、労働時間、責任ある雇用、苦情処理を一体で扱う。 |
| 良品計画 | 人権方針で、国連指導原則に準拠した人権デュー・ディリジェンスの仕組みを構築し、事業活動とサプライチェーンを通じた負の影響を特定、評価、予防・軽減すると記載。生産パートナー行動規範を全世界の生産委託工場に日本語、英語、中国語で配布・説明し、無承認の再委託を禁止している。 | 生産委託先への行動規範、再委託管理、苦情処理メカニズムの整備を方針上に置く。 |
| アンドエスティHD | 人権に関する考え方で、人権デューデリジェンスの継続実施、事業活動やサプライチェーンを通じた負の影響の特定、評価、予防・軽減を掲げる。国内外の従業員が匿名で利用可能な内部通報制度、取引先向けの苦情処理メカニズムも記載。 | サプライチェーン上の人権尊重と、取引先苦情処理の記載を組み合わせる。 |
| オンワードホールディングス | 2026年公表のオンワードグループ人権方針で、すべての役員・従業員に加え、事業・製品・サービスに関係する取引関係者・ビジネスパートナーにも理解と遵守を働きかけると記載。強制労働、児童労働を禁止し、結社の自由と団体交渉権を尊重するとする。 | 取引関係者への働きかけ、人権DD、救済を短い方針内で整理している。 |
| ワールド | 2023年9月26日付の「責任ある企業行動実施宣言」で、政府ガイドラインと日本繊維産業連盟のガイドラインに沿い、外国人技能実習生を含むライツホルダーの人権を尊重すると宣言。直接・間接取引先の協力を得て人権リスクのチェック、優先順位付け、防止・軽減、PDCAを進めると記載。 | 日本の繊維産業固有の外国人技能実習生問題と、直接・間接取引先を明示している。 |
| アシックス | 人権方針で、自社従業員に加えてサプライチェーン上の労働者のディーセントワークを推進すると記載。2018年からAAFA・FLAの「責任ある採用」宣言に署名し、2023年改訂版にも署名。移民労働者の潜在的な強制労働リスクに業界として取り組むと説明している。 | スポーツ用品企業として、責任ある採用、移民労働者、強制労働リスクを明確に扱う。 |
| ゴールドウイン | 人権の尊重に関するページで、国連指導原則など国際基準に則って人権尊重の取組を推進し、役員・従業員とサプライヤーの共通価値として人権方針を定めると記載。サプライチェーン・マネジメントでは、サプライヤーとともに環境・社会・人権に配慮した責任ある調達を進めるとする。 | アウトドア・スポーツ領域の企業として、調達方針とサプライヤー管理を中心に据える。 |
| ワコールホールディングス | 2022年に人権方針を制定し、取締役会の承認を得て開示。CSR調達ガイドラインでは、児童労働や強制労働の禁止などをビジネスパートナーに求める。2024年には外国人技能実習生を対象に、第三者機関とともに人権インパクトアセスメントを実施した。 | 外国人技能実習生の雇用状況、直接アンケート、第三者インタビューまで記載している点が具体的。 |
8社を比較すると、アパレル企業の人権方針には三つの型が見える。第一は、ファーストリテイリングとアシックスのように、海外生産を含むグローバルサプライチェーンの強制労働リスクを中心に据える型である。ファーストリテイリングは、現代奴隷制声明の中で、強制労働・児童労働リスク、労働時間、苦情処理、研修・能力開発を分けて記載する。アシックスは、移民労働者の潜在的な強制労働リスクに対し、業界連携による責任ある採用を明示している。
第二は、良品計画、アンドエスティHD、オンワード、ゴールドウインのように、生産委託先や取引先への方針共有と遵守を中心に置く型である。良品計画は、生産パートナー行動規範を全世界の生産委託工場に複数言語で配布・説明し、無承認の再委託を禁止する。アンドエスティHDは、国内外の従業員向け内部通報制度に加え、取引先向けの苦情処理メカニズムを記載している。オンワードは、ビジネスパートナーへの理解・遵守の働きかけを人権方針の適用範囲に入れる。ゴールドウインは、人権方針と調達方針をサプライヤー管理に接続している。
第三は、ワールドとワコールのように、日本の繊維産業が抱える外国人技能実習生の課題を明示する型である。日本繊維産業連盟は、外国人技能実習制度の法令違反など人権分野の課題改善に向けた取組として「責任ある企業行動実施宣言」を実施している。ワールドは、この宣言で外国人技能実習生を含むライツホルダーの人権尊重を明記した。ワコールは、外国人技能実習生への直接アンケート、第三者機関によるインタビューを行い、2024年の人権インパクトアセスメント結果を統合報告書で説明している。
人権上の論点は、アパレル企業が「自社では強制労働をしていない」と述べるだけでは足りない点にある。縫製工場、染色工場、原材料仕入先、二次・三次の下請、物流業者、店舗販売員まで、商品に関わる人は広い。発注企業が短納期、低価格、多品種少量の条件を維持したまま、取引先に監査対応だけを求めれば、労働時間、賃金、安全衛生、再委託管理の負担は現場に移る。人権デュー・ディリジェンスは、監査表を配る作業ではなく、発注条件、取引慣行、工賃、納期、救済窓口を含めて、企業活動が労働者に与える影響を確認する実務である。
苦情処理と救済の記載にも差がある。ファーストリテイリングは、バリューチェーン上の労働者が使えるホットラインを設け、現地言語で利用できることを説明している。アンドエスティHDは、国内外の従業員が匿名で利用できる内部通報制度と、取引先向けの苦情処理メカニズムを記載する。良品計画は、負の影響が明らかになった場合の是正・救済と、苦情処理メカニズムの整備を方針本文で示す。ワコールは、外国人技能実習生への直接調査を通じて、通常の書面監査では拾いにくい当事者の声を把握しようとしている。
消費者にとって、この比較は「どの企業がよいか」を単純に選ぶための一覧ではない。人権方針がある企業でも、対象が一次取引先に限られるのか、二次以降のサプライヤーに及ぶのか、移住労働者が母語で相談できるのか、通報後に是正措置があるのかによって実効性は異なる。衣料品の価格、販売頻度、返品、在庫処分、短期キャンペーンは、いずれもサプライチェーンに圧力をかけ得る。企業の人権方針を読む際には、ブランドイメージではなく、どの工程で、誰の権利を、どの仕組みで守るのかを確認する必要がある。
今回確認した8社では、ファーストリテイリングが現代奴隷制声明とホットライン、アシックスが責任ある採用と移民労働者、ワールドが外国人技能実習生を含むライツホルダー、ワコールが第三者機関を使った外国人技能実習生調査、良品計画が生産パートナー行動規範、アンドエスティHDが取引先向け苦情処理、オンワードが人権方針での強制労働・児童労働禁止、ゴールドウインがサプライヤーを含む人権方針を示した。アパレル企業の人権方針を比較する際は、方針本文だけでなく、工場リスト、調達ガイドライン、現代奴隷制声明、苦情処理メカニズム、第三者評価の有無まで合わせて読む必要がある。
外務省「『ビジネスと人権』に関する行動計画の改定」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_03165.html
経済産業省「日本政府は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』を策定しました」
URL:https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html
OECD「OECD Due Diligence Guidance for Responsible Supply Chains in the Garment and Footwear Sector」
URL:https://www.oecd.org/en/publications/2018/03/oecd-due-diligence-guidance-for-responsible-supply-chains-in-the-garment-and-footwear-sector_g1g89b0b.html
出典 日本繊維産業連盟「『繊維産業における責任ある企業行動実施宣言』の実施について」
URL:https://jtf-net.com/sengen.htm
株式会社ファーストリテイリング「Fast Retailing Group Modern Slavery Statement 2025」
URL:https://www.fastretailing.com/jp/sustainability/labor/pdf/FRGroupModernSlaveryStatement2025.pdf
株式会社良品計画「人権方針・推進体制」
URL:https://www.ryohin-keikaku.jp/sustainability/human-rights/policy
株式会社良品計画「人権デュー・ディリジェンス」
URL:https://www.ryohin-keikaku.jp/sustainability/human-rights/due-diligence
株式会社アンドエスティHD「人権に関する取り組み」
URL:https://www.andst-hd.co.jp/sustainability/humanrights/
株式会社アンドエスティHD「アンドエスティHDグループの人権に関する考え方」
URL:https://www.andst-hd.co.jp/archives/001/202509/ffb5e56f516bc313763e8cf0f8327e3d8d7dc1e05913134f4996fa09b4d28240.pdf
株式会社オンワードホールディングス「オンワードグループ人権方針」
URL:https://www.onward-hd.co.jp/sustainability/human_rights_policy.pdf
株式会社ワールド「責任ある企業行動実施宣言」
URL:https://corp.world.co.jp/csr/pdf/%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%82%E3%82%8B%E4%BC%81%E6%A5%AD%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%AE%9F%E6%96%BD%E5%AE%A3%E8%A8%80.pdf
株式会社アシックス「アシックス人権方針」
URL:https://corp.asics.com/jp/p/asics-human-rights-policy
株式会社アシックス「デュー・ディリジェンス」
URL:https://corp.asics.com/jp/csr/people-supply-chain/due-diligence
株式会社ゴールドウイン「人権の尊重」
URL:https://about.goldwin.co.jp/sustainability/humanrights
株式会社ゴールドウイン「サプライチェーン・マネジメント」
URL:https://about.goldwin.co.jp/sustainability/scm
株式会社ワコールホールディングス「人権」
URL:https://www.wacoalholdings.jp/sustainability/rights/
株式会社ワコールホールディングス「統合レポート2025 人権」
URL:https://www.wacoalholdings.jp/ir/files/j202518.pdf
