
改定版行動計画の後半で注目すべきなのは、企業の自主的取組を促すだけでなく、情報開示、公共調達、救済の仕組みを通じて、企業行動を外側からも変えようとしている点である。これは重要な変化だ。人権尊重は、理念や社内方針の問題にとどまらず、投資家、取引先、行政、消費者、被害者が企業をどう見るかという環境条件の問題にもなっている。改定版は、この外部環境を整えることで、企業の人権尊重を実効化しようとしている。
まず情報開示について、改定版は、企業のサステナビリティ関連非財務情報の開示が国内外で進展していることを踏まえる。コーポレートガバナンス・コードの再改訂、有価証券報告書等におけるサステナビリティ情報の記載欄新設、人権の開示例を含む好事例集の公表などは、その流れの一部である。ここでのポイントは、人権に関する情報開示が、単なる広報ではなく、人権デュー・ディリジェンスのサイクルの一部として理解されていることである。企業は、株主、投資家、従業員、顧客、地域社会などのステークホルダーに対して、自らが人権尊重の責任を果たしていることを説明できなければならない。
改定版はまた、投資家や金融機関が非財務情報に強い関心を持ち、人権を含むサステナビリティ情報が投資判断の根拠になっていると指摘する。さらに、企業人権ベンチマークのような民間評価では、公表資料が十分でなければ、実際には取り組んでいても評価に反映されない。つまり、今後の企業にとっては、「やっているかどうか」だけでなく、「説明できているかどうか」が同じくらい重要になる。人権尊重が企業価値に結び付く時代には、説明責任そのものが経営課題となる。
次に公共調達・補助金事業等を含む公契約である。改定版は、指導原則が、公共調達を始めとする公契約における相手方企業に対する政府の監督を国家の義務として規定していることを踏まえ、日本がこれまで障害者就労施設からの調達、女性活躍推進企業の加点評価、暴力団排除などを実施してきたと整理する。とくに大きいのは、2023年4月の「公共調達における人権配慮について」という政府方針で、全関係府省庁の入札説明書や契約書等に、企業が人権尊重に取り組むよう努めることを求める記載が導入されている点である。人権尊重は、任意のCSR活動というより、取引の入口条件の一つへ近づきつつある。
もっとも改定版は、企業の人権尊重の取組の十分性は定量的判断になじみにくく、公共調達でどのように客観的評価を行うかは実務上難しいこと、中小企業が公共調達から排除され得る懸念もあることを率直に認めている。だからこそ、ここでは一足飛びの規制強化ではなく、政府方針に基づく取組の継続、取組状況の把握の検討、公共調達担当官への研修、補助金事業における審査基準等への組入れの検討という、段階的な設計が採られている。つまり改定版は、理念と実務、実効性と包摂性の間で現実的な道を探っているのである。
救済へのアクセスについても、改定版は同じく重要な変化を示す。指導原則の三本柱の一つである救済について、日本には裁判、ADR、各府省庁の相談窓口、日本NCP、公益通報者保護法に基づく内部通報制度、JICA・JBIC・NEXIの異議申立制度など、さまざまな仕組みがある。他方で、ADRやODRの認知度は高いとはいえず、日本NCPの積極的活用や、企業内部・第三者機関による苦情処理メカニズムの強化が課題だとされる。制度があることと、実際に使われ救済につながることは別問題であり、改定版はそこを見据えている。
そのため改定版は、NCP機能強化に向けたステークホルダーとの対話、人権救済制度の在り方の継続的検討、指導原則に準拠した企業等の苦情処理メカニズムの構築・運用促進、内部公益通報対応体制の整備促進、独立行政法人等が運用する異議申立手続の適正運用と見直しを方向性として掲げる。ここでの焦点は、被害が起きた後に「相談窓口があります」と言うだけでは足りないということだ。企業にとっても政府にとっても、声を上げやすく、利用しやすく、実際に解決につながる仕組みをどこまで作れるかが問われている。
情報開示、公共調達、救済は一見別々の論点に見えるが、実は共通している。いずれも、企業の人権尊重を内部の善意や意欲だけに委ねず、外部との接点の中で確かめ、促し、場合によっては是正を求める仕組みだからである。改定版行動計画がこの三つを重視するのは、人権尊重を「自主的取組」で終わらせず、社会的な基準として根付かせたいからだろう。次回、最終回では、政府から企業への期待表明をどう読むべきか、そして企業は何から始めるべきかを整理したい。
この分野で本当に重要なのは、「法的義務があるかどうか」だけではない。現実には、開示、調達、投資、通報、苦情処理の仕組みが動き始めた時点で、人権尊重は事実上の市場ルールになっていく。改定版の意味は、まさにそこにある。日本ではしばしば、義務化の有無ばかりが議論されるが、企業行動を変えるのは法律の条文だけではない。取引条件、投資判断、行政契約、レピュテーション評価の変化こそが実務を動かす。今後は、人権尊重をしない企業が即違法になるかよりも、人権尊重を説明できない企業が市場で不利になるかどうかのほうが、現実の分岐点になる可能性が高い。
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