企業の人権方針に「救済」はあるか 相談窓口と苦情処理を比較

この記事のポイント

1.企業の人権方針では、人権デュー・ディリジェンスだけでなく、通報、調査、是正、救済までを含む苦情処理メカニズムの記載が広がっている。
2.ファーストリテイリング、イオン、サントリーは相談・通報件数を公表し、キリン、MUFG、パナソニックなどはJaCERなど第三者型の窓口を活用している。
3.救済の実効性は、窓口の有無だけでなく、対象者の範囲、匿名性、言語対応、通報者保護、調査後の是正措置まで確認する必要がある。

企業の人権方針に「救済」はあるか

ファーストリテイリングは2025年8月期、同社ホットラインに寄せられた相談のうち、ILO中核的労働基準、現地労働法、「生産パートナー コードオブコンダクト」違反に当たるものが166件あったと公表した。同社は、長期間の取組が必要な案件を除き、ほとんどの案件で対応を完了したと説明している。企業の人権方針を読む際、方針の有無や美辞麗句よりも、実際に声を受け付け、調査し、是正につなげる仕組みがあるかが問われる段階に入っている。

日本政府は2025年12月24日、「ビジネスと人権」に関する行動計画を改定し、企業に対し、人権への負の影響の特定、評価、予防、軽減、対処などから成る人権デュー・ディリジェンスの導入促進への方向を示した。経済産業省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」も、企業による人権尊重の取組を、人権方針、人権デュー・ディリジェンス、救済の三つを含む仕組みとして整理している。救済は、単なる社内相談ではない。人権への負の影響を受けた人が、企業に対して問題を知らせ、企業が事実を確認し、必要な是正や再発防止に動く入口である。

本稿では、2026年7月4日時点で各社が公表している公式資料を基に、企業9社の救済・苦情処理メカニズムを比較した。対象は、ファーストリテイリング、イオン、キリンホールディングス、味の素グループ、サントリーグループ、セブン&アイ・ホールディングス、パナソニックホールディングス、NTTグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループである。比較軸は、①利用できる対象者、②社内外の窓口、③匿名性・通報者保護、④調査・是正の流れ、⑤相談・通報件数や処理状況の開示の5点とした。

企業名公式資料で確認できる主な記載読み取れる特徴
ファーストリテイリング従業員、顧客、地域社会、サプライチェーンで働く人、取引先などに向けた通報窓口を各国・地域に設置。24時間365日、匿名利用、各国・地域の言語対応を記載。2025年8月期は人権侵害に関する相談166件を公表。サプライチェーンで働く人まで対象を広げ、相談件数と対応状況を開示している点が具体的。
イオン「お取引先さまホットライン」を2020年度に開設。2025年度からトップバリュ製品に限らず、イオンと取引のあるすべてのお取引先さまに範囲を拡大。2025年度は89件の相談を受け、内容確認、グループ会社との連携、是正・改善を行ったと記載。小売業として、商品供給に関するサプライチェーン上の従業員を救済対象に含めている。
キリンホールディングス人権デュー・ディリジェンスや人権課題への救済対応を担う「ビジネスと人権を担当するチーム」を設置。2023年にJaCERへ加盟し、従来の相談窓口に加えて第三者窓口を活用。原料農産物を含むバリューチェーン上の人権課題について、社内体制と外部窓口を組み合わせる。
味の素グループグループ内外に複数の相談・通報窓口を設置。グループ従業員向けのホットラインは22言語に対応し、本人以外の同僚や家族からの相談も可能と記載。2018年度から取引先向けに「サプライヤーホットライン」を設置。食品原料の上流調達と外国人労働者を扱う企業として、言語対応とサプライヤー向け窓口を持つ。
サントリーグループ従業員向けのコンプライアンス・ホットラインを国内外に設置し、多言語で24時間報告可能な体制を整備。2024年のグループ全体の通報は208件。方針では、サプライヤーの労働者、地域社会、顧客等からの懸念や問い合わせを受け付ける窓口も記載。内部通報と、サプライヤー・地域社会・顧客向けの苦情処理メカニズムを分けて示している。
セブン&アイ・ホールディングス2025年5月版の人権方針で、内部通報制度を含めたグリーバンスメカニズムの運用を記載。通報や申し立てを受けた場合、調査を行い、是正に向けた取組や働きかけを行うとする。コンビニ、スーパー、金融など複数事業を持つグループとして、内部通報とビジネスパートナーへの働きかけを一体で示す。
パナソニックホールディングス人権・労働方針で、グループの通報システムの活用、政府機関や事業者団体などが運用する苦情処理メカニズムの活用、秘密保持、不利益取扱いの禁止、対話を通じた救済を記載。購入先向けページではJaCERの活用にも触れている。製造業として、購入先・取引先・ビジネスパートナーに関わる人権リスクを救済の対象に含める構成。
NTTグループ2021年11月制定の人権方針で、グループ各社に社内・社外受付窓口を設けると記載。通報者への不利益防止、相談・通報内容の取締役会への報告、問題解決への対応を示す。通信グループとして、グループ会社横断の通報体制と取締役会報告を方針本文に置いている。
MUFG社員や顧客などが連絡できる窓口を設け、人権課題を含む意見や苦情に対応。2023年度にJaCERへ加盟し、投融資先、サプライヤーの社員、コミュニティ、周辺住民等を含むバリューチェーン全体の救済窓口を設けると記載。金融機関として、融資・投資・商品サービスを通じた負の影響を救済の射程に入れている。

9社を比較すると、救済メカニズムには三つの型が見える。第一は、自社で通報窓口を運用し、相談件数や対応状況まで開示する型である。ファーストリテイリング、イオン、サントリーがこれに近い。件数の開示は、それ自体が問題の多さを示すものではない。むしろ、相談が届く経路があり、企業がそれを集計して改善に使っているかを確認する材料になる。件数がゼロに近い場合でも、実際に問題がないのか、窓口が知られていないのか、通報者が不利益を恐れているのかは分けて考える必要がある。

第二は、JaCERのような第三者型の苦情処理プラットフォームを使う型である。JaCERは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠して非司法的な苦情処理プラットフォームを提供し、会員企業の苦情処理を支援・推進する組織である。キリン、MUFG、パナソニックなどは、既存の社内窓口に加えて、外部窓口や第三者的な仕組みを活用している。第三者窓口は、企業内部に直接通報しにくい取引先従業員、地域住民、サプライチェーン上の労働者にとって、入口を増やす効果がある。

第三は、人権方針の中で救済の考え方を明記し、社内外の通報制度や取引先への働きかけにつなげる型である。セブン&アイ、NTT、味の素、サントリーは、方針本文やサステナビリティページで、通報者保護、是正措置、サプライヤーへの対応、取締役会や委員会への報告に触れている。特に、味の素の22言語対応、NTTの取締役会報告、セブン&アイの内部通報制度を含むグリーバンスメカニズムの記載は、救済を社内規程や経営管理と接続させる動きとして読める。

人権上の論点は、苦情処理メカニズムが「通報フォームを置けば足りる」仕組みではない点にある。人権への負の影響を受ける可能性のある人は、企業の従業員だけではない。海外工場の労働者、委託先の作業員、物流現場の労働者、原材料の生産者、店舗利用者、地域住民、投融資先の事業で影響を受ける人も含まれる。こうした人々が、窓口の存在を知り、理解できる言語で相談でき、不利益を受けず、調査後の結果や是正の方向を確認できるかによって、救済の実効性は変わる。

相談・通報件数の読み方にも注意がいる。ファーストリテイリングの166件、イオンの89件、サントリーの208件は、各社が自ら公表した数値であり、対象範囲や集計方法は同一ではない。したがって、件数だけで企業間の優劣を判断することはできない。比較すべきなのは、対象者がどこまで広いか、匿名通報が可能か、言語対応があるか、通報後の調査手順と是正措置が説明されているか、件数や処理状況を継続的に開示しているかである。

読者にとって、この比較は企業評価だけでなく、取引実務にも関係する。大企業が救済メカニズムを整備すると、取引先企業にも、社内相談窓口の整備、外国人労働者への周知、ハラスメント防止、是正報告、サプライヤーへの再周知が及ぶ場合がある。ただし、発注側が一方的に書類や監査を求めるだけでは、現場の労務負担やコスト負担が下請側に移る。救済メカニズムは、取引先を監視するためだけの制度ではなく、現場で起きた問題を早く見つけ、被害を受けた人の不利益を減らすための制度でなければならない。

今回確認した9社では、ファーストリテイリングがサプライチェーン労働者向けの通報窓口と166件の相談実績、イオンが「お取引先さまホットライン」と89件の相談実績、サントリーが多言語の内部通報制度と208件の通報実績を示した。キリン、MUFG、パナソニックは、JaCERなど外部の苦情処理メカニズムを使い、企業内部だけでは届きにくい声を受ける経路を広げている。企業の人権方針を読む際には、最後に「救済」の項目まで進み、誰が、どの言語で、どこに相談でき、企業がどの手順で是正するのかを確認する必要がある。

出典

外務省「『ビジネスと人権』に関する行動計画の改定」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_03165.html

経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて」
URL:https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html

一般社団法人ビジネスと人権対話救済機構「JaCERについて」
URL:https://jacer-bhr.org/index.html

株式会社ファーストリテイリング「苦情処理メカニズム」
URL:https://www.fastretailing.com/jp/sustainability/labor/grievance.html

株式会社ファーストリテイリング「人権の尊重」
URL:https://www.fastretailing.com/jp/about/frway/humanrights.html

イオン株式会社「グリーバンスメカニズム」
URL:https://www.aeon.info/sustainability/materiality/human-rights/grievance/

キリンホールディングス株式会社「人権方針・ガバナンス他」
URL:https://www.kirinholdings.com/jp/sustainability/materiality/human_rights/01/

キリンホールディングス株式会社「JaCERの対話救済プラットフォームを活用開始」
URL:https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2023/0220_01.html

味の素株式会社「人権」
URL:https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/sustainability/initiative/human_rights.html

サントリーグループ「人権の尊重」
URL:https://www.suntory.co.jp/sustainability/soc_human-rights/

サントリーグループ「サントリーグループ人権方針」
URL:https://www.suntory.co.jp/sustainability/soc_human-rights/policy/

株式会社セブン&アイ・ホールディングス「人権への取り組み」
URL:https://www.7andi.com/sustainability/human_rights.html

パナソニック ホールディングス株式会社「パナソニックグループ人権・労働方針」
URL:https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/social/human-rights/policy.html

パナソニック ホールディングス株式会社「購入先様へのお願い」
URL:https://holdings.panasonic/jp/corporate/about/procurement/for-suppliers.html

NTT「NTTグループ人権方針の制定について」
URL:https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/10/211110c.html

三菱UFJフィナンシャル・グループ「人権の尊重」
URL:https://www.mufg.jp/csr/social/humanrights/index.html

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

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