1.2024年に法務省が新たに救済手続きを始めた部落差別関係499件のうち、475件はインターネット上で特定地域を同和地区と示す「識別情報の摘示」だった。
2.元の投稿を削除しても、転載、別サイト、検索結果が同時に消えるとは限らない。情報流通プラットフォーム対処法も、申出への迅速な判断を義務づける制度であり、一律の削除命令ではない。
3.言語モデルが削除済みの学習データを再出力する可能性は研究で確認されているが、現在の商用生成AIが部落識別情報を再提示した具体例を示す公的資料は確認できない。現段階では、実証済みの一般的リスクと将来の制度課題を区別する必要がある。

499件のうち475件がネット上の識別情報
2024年、全国の法務局・地方法務局が部落差別関係で新たに救済手続きを始めた人権侵犯事件は499件だった。このうち475件、95.2%は、インターネット上で特定の地域を同和地区であると示す「識別情報の摘示」に関する事案である。2022年の414件、2023年の430件から増え、部落差別関係事件の大部分を占めた。
識別情報とは、特定の住所や地域を被差別部落と結び付ける情報を指す。投稿に露骨な差別語がなくても、住所、本籍、出身地などと照合すれば、現在の住民や出身者、親族を差別的な身元調査の対象にできる。
東京高裁は2023年6月28日の「全国部落調査」訴訟判決で、インターネット上の誤った情報、断片的な情報、興味本位の情報に接することで差別意識が植え付けられ、増長するおそれがあると指摘した。地域情報が広く流通すれば、実際に差別を受けていない人も、将来の不利益を恐れながら生活せざるを得ず、平穏な生活を送る人格的利益が侵害されると判断している。
法務省は差別目的の有無を問わず削除対象に
法務省人権擁護局は2018年12月27日、「インターネット上の同和地区に関する識別情報の摘示事案の立件及び処理について」とする通知を出した。
従来は、差別を助長・誘発する目的が認められる投稿を、主な削除要請の対象としていた。通知後は、学術研究などの正当な目的があり、情報の示し方から人権侵害のおそれが認めにくい場合を除き、差別を助長する意図が明示されていなくても、原則として削除要請などの対象とする運用へ改めた。紀行文、地域紹介、資料復刻といった形式だけで、削除対象から外れるわけではない。
この運用は、投稿者の内心よりも、情報がどのように利用され得るかを重く見る。投稿者が「歴史研究」「現地調査」「事実の紹介」を掲げていても、現在の所在地を特定でき、身元調査や差別に転用できる状態なら、公開による結果を検討する。
ただし、法務局の削除要請は裁判所の命令ではない。人権侵犯事件の調査は関係者の任意の協力を基本とし、プロバイダーやサイト管理者が要請に応じなければ、法務局が自らサーバー上の情報を消去できる制度ではない。
「削除された」とは、どこから消えた状態か
インターネット上の情報に対する削除には、複数の段階がある。
第一は、投稿者本人による削除である。SNS投稿、ブログ記事、動画などを、発信者が自ら消す。
第二は、サイトやSNSの運営者による削除である。利用規約違反や権利侵害を理由として、投稿、アカウント、動画などを非表示にする。
第三は、検索結果からの削除である。元のページが残っていても、特定の検索語に対する検索結果へ表示しない措置があり得る。
第四は、転載先への対応である。同じ文章、画像、一覧表が複数のサイト、SNS、掲示板へ複製されていれば、元の投稿を消しても転載分は残る。
第五は、生成AIや組織内データベースなど、公開ウェブとは異なる情報処理への対応である。情報が学習データ、検索用索引、利用者が作成したデータセットなどに取り込まれていれば、公開ページの削除だけでは処理が終わらない場合がある。
このため、「URLが開けなくなったこと」と「識別情報を誰も利用できなくなったこと」は一致しない。
検索結果の削除は別の法的判断
最高裁第三小法廷は2017年1月31日、検索結果の削除をめぐる決定で、検索事業者はインターネット上の情報を収集し、その複製を保存し、索引を作成して検索結果を提供していると説明した。そのうえで、検索結果の提供には検索事業者自身の表現行為という側面があり、削除の可否は、プライバシー上の利益と検索結果を提供する理由を比較して判断するとした。
この最高裁決定は部落識別情報を扱った事件ではない。しかし、元記事を掲載するサイトと、検索結果を提供する事業者が、それぞれ別の情報処理を行っていることを示している。
元のページを削除しても、検索事業者が作成した表題、抜粋、URL情報が直ちに同じ状態へ更新されるとは限らない。反対に、検索結果から外れても、URLを直接入力したり、別サイトのリンクをたどったりすれば、元情報へ到達できる場合がある。発信元への削除申出と、検索結果への対応は、必要に応じて分けて行うことになる。
情報流通プラットフォーム対処法は「必ず削除する法律」ではない
2025年4月1日、改正前のプロバイダ責任制限法を改めた「情報流通プラットフォーム対処法」が施行された。大規模なSNS、動画共有サービス、匿名掲示板などの運営事業者に対し、削除申出窓口と手続の公表、専門的な担当者の配置、削除基準の策定・公表、申出への判断・通知を原則1週間以内に行うことなどを義務づけている。
同法が中心に置くのは、対応の迅速化と運用の透明化である。被害者が削除を申し出れば、事業者が必ず投稿を消さなければならない制度ではない。事業者は、権利侵害の有無、投稿の公益性、表現の自由、利用規約などを踏まえて判断する。
対象となるのも、総務大臣が指定した大規模プラットフォーム事業者である。個人運営のウェブサイト、小規模掲示板、海外のミラーサイト、ファイル共有サービスなど、識別情報が流通するすべての場所に同じ手続が適用されるわけではない。
部落識別情報への対応では、法務省の2018年通知による削除要請、人権侵犯事件の調査、情報流通プラットフォーム対処法に基づく申出、民事上の差止請求が並存する。それぞれ対象、判断主体、強制力が異なる。
URL単位の削除をすり抜ける転載
文章、画像、PDF、地図データは、複製後に別のURLで公開できる。文字を画像に変換する、ファイル名を変更する、一覧の一部だけを切り出す、国外のサービスへ転載するなど、形式を変えれば、最初に削除対象となったページとは別の情報として流通する。
「全国部落調査」訴訟の東京高裁判決は、インターネット上で地域一覧が公表されれば、その拡散を防ぐことが困難であり、インターネットの普及によって情報流通を制限することは容易でないと認定した。
確定判決は示現舎と関係者に対し、対象となった地域情報の出版、販売、ウェブ掲載などを差し止めた。しかし、判決の当事者ではない第三者が過去に保存したファイルや、別のサイトへ複製した情報まで、判決によって自動的に消去されるわけではない。
被害者側は、転載を発見するたびに、掲載先、運営事業者、サーバー所在地、投稿者を確認し、改めて削除を申し出なければならない場合がある。情報が全国の地域を収録した一つのデータベースであっても、救済手続は個別のURLや発信者を単位として進みやすい。
削除後の情報を生成AIが再提示する可能性
生成AIには、検索エンジンとは異なる情報処理がある。検索エンジンは、原則として既存のウェブページへのリンクや抜粋を表示する。言語モデルは、学習した大量の文章から得た統計的な関係を使い、新しい文章を生成する。
生成AIから識別情報が出力される経路は、大きく三つに分けられる。
一つは、AIが回答時に現在のウェブを検索し、公開中のページから情報を取り出す場合である。
二つ目は、利用者がプロンプトや添付資料、組織内データベースとして識別情報を与え、AIがその内容を整理して出力する場合である。
三つ目は、モデルが学習データ中の文章を記憶し、元の文章と同一または近い内容を再出力する場合である。
個人情報保護委員会は2023年6月、生成AIへ入力された個人情報が機械学習に利用され、ほかの情報と統計的に結び付いたうえで、正確または不正確な内容として出力されるリスクがあると注意喚起した。生成AIの回答には、事実に基づかない個人情報が含まれる可能性もあるとしている。
研究で確認された「意図しないアーカイブ」
2021年のUSENIX Security Symposiumで発表された研究は、言語モデルGPT-2への入力を工夫することで、学習データに含まれていた文章を逐語的に取り出せることを示した。研究チームは、抽出候補1,800件のうち600件を超える文章が学習データと同一だったことを確認し、氏名、電話番号、住所、SNSアカウントを含む78件の個人識別情報も見つけた。
同研究では、学習時には公開されていたものの、その後ウェブサイトから削除された文章がモデルに記憶され、出力できる例も確認された。研究者は、公開情報だけで学習した言語モデルでも、削除済みデータを残す「意図しないアーカイブ」になり得ると指摘した。
ただし、この研究はGPT-2を対象とした技術的な実験である。現在提供されているすべての商用生成AIが、同じ方法で同じ情報を出力することを証明したものではない。部落識別情報や示現舎のデータが、現在の生成AIから実際に再出力されたことを示す公的資料や査読研究も、編集部が2026年7月26日までに確認した範囲では見つからなかった。
したがって、「生成AIがすでに全国の部落地名を回答している」と事実として書くことはできない。確認できるのは、言語モデルが学習文章を記憶し、削除後も再出力する技術的可能性と、個人情報を正確または不正確に生成する一般的な危険である。
「再現」と「誤生成」は被害の構造が異なる
生成AIが部落識別情報に関係する回答を出した場合、最初に確認すべきなのは、その情報が既存資料の再現なのか、AIが作り出した誤情報なのかである。
再現の場合は、学習データ、検索先、利用者が与えた資料など、情報の由来を調べる必要がある。元データが違法な公開や確定判決による差止め対象であれば、AI事業者が同じ内容を継続して提示することの妥当性が問題になる。
誤生成の場合は、実際には掲載地域でない場所を被差別部落として示し、住民や地域の名誉、プライバシー、平穏な生活を害する可能性がある。元の削除対象ページが存在しないため、従来のURL削除だけでは対応できない。
両者を区別せず、「AIの回答だから誤り」「公開資料に似ているから事実」と扱えば、訂正や救済の方法を誤る。回答画面、質問文、日時、利用したサービス、参照元として表示されたURLを保存し、出力が再現できるかを確認する手順が必要になる。
AI事業者ガイドライン第1.2版が示す差別的出力
経済産業省などは2026年3月31日、「AI事業者ガイドライン第1.2版」を公表した。最新版は、AIの利用による個人情報の不適切な取扱い、誤情報、バイアスの再生産、差別的な出力などをリスクとして整理している。
同ガイドラインは法的な削除命令を定めるものではない。AI開発者、提供者、利用者が、リスクに応じた対策、説明、モニタリングなどを行うための指針である。
部落識別情報への対応を想定するなら、AI事業者には少なくとも、問題となる出力を通報できる窓口、回答の根拠や参照元を確認する仕組み、同じ質問に対する再発防止、学習データや検索対象からの除外を検討する手続が必要となる。
現在の情報流通プラットフォーム対処法は、大規模SNSなどに投稿された情報への削除対応を中心とする。生成AIが自ら組み立てた回答について、誰がどの手続で訂正・非表示を請求し、モデルや検索システムへどこまで反映させるかは、同法だけでは明確にならない。
削除を五つの層で確認する
部落識別情報への救済では、一つの削除完了通知だけで手続を終えず、次の五つの層を確認する必要がある。
1.発信元
元のウェブページ、投稿、動画、PDFが削除されたか。
2.転載先
別サイト、SNS、掲示板、ファイル共有サービスに複製が残っていないか。
3.検索結果
地域名、旧地名、住所などで検索した際、表題、抜粋、画像、URLが表示されないか。
4.AIの参照情報
生成AIが検索や外部データベースを通じ、削除対象と同じ情報を参照していないか。
5.AIの生成結果
参照元を表示しない回答として、同じ情報や誤った地域情報を出力しないか。
五つの層は、管理主体も法的手段も異なる。発信者への差止請求、サイト運営者への削除申出、検索事業者への非表示申出、AI事業者への訂正・出力防止の申告を、一つの窓口で処理できる制度は整っていない。
救済制度も情報の流れに合わせる
1975年の部落地名総鑑事件では、冊子の販売先を調べ、企業や販売業者へ対応することが中心だった。2016年の示現舎による公開では、出版物に加えてウェブサイト、PDF、テキストデータへの差止めが争われた。現在は、検索結果、転載、AI検索、言語モデルの生成結果まで、識別情報が現れる経路が増えている。
東京高裁が認めたのは、地域情報の流通によって差別への不安を抱かされず、平穏に生活する人格的利益である。その保護を実効的なものにするには、最初のURLを削除したかだけでなく、同じ情報が別の経路から再び利用できる状態にないかを確認しなければならない。
2024年に法務局が扱った識別情報の摘示は475件に達した。2025年4月には情報流通プラットフォーム対処法が施行され、2026年3月にはAI事業者ガイドライン第1.2版が公表された。それでも、転載されたファイル、検索結果、生成AIの回答を横断して訂正・削除する統一手続はない。東京高裁が指摘した「情報流通を制限することの難しさ」は、確定判決後も、検索と生成AIの情報処理の中に残っている。
衆議院「令和6年度 人権教育及び人権啓発施策(年次報告)の概要」
URL:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/gian_hokoku/20250606jinkengaiyo.pdf/$File/20250606jinkengaiyo.pdf
出典 衆議院法務委員会「第198回国会第6号(2019年3月26日)」
URL:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000419820190326006.htm
東京高等裁判所「令和5年6月28日判決 損害賠償等請求控訴事件」
URL:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-92822.pdf
最高裁判所「平成29年1月31日決定 検索結果削除仮処分事件」
URL:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86482.pdf
大分県「情報流通プラットフォーム対処法」
URL:https://www.pref.oita.jp/site/kokoro/johoryutuplatform.html
個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」
URL:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_kouhou_houdou.pdf
経済産業省「AI事業者ガイドライン第1.2版」
URL:https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/20260331_report.html
Nicholas Carliniほか「Extracting Training Data from Large Language Models」
URL:https://www.usenix.org/system/files/sec21-carlini-extracting.pdf

