石井十次が築いた孤児救済の原型 岡山孤児院から社会的養護へ

この記事のポイント

1.石井十次は1887年、岡山で孤児教育会を設立し、後の岡山孤児院につながる児童救済事業を始めた。
2.岡山孤児院は最大1,200人規模に達する一方、石井は「家族制度」や児童を家庭に託す委託制度も導入し、大規模施設とは異なる養育方法を模索した。
3.2026年3月のこども家庭庁資料では社会的養護下のこどもは約4万2千人に上り、石井の時代から約140年後も「どこで、誰と育つか」は子どもの権利に直結する制度課題となっている。

過去から未来へつなぐ子どもたちの希望

1887年4月20日、岡山県医学校の学生だった石井十次は、現在の岡山市東区上阿知で巡礼中の母子と出会い、男児を預かった。岡山市はこの日を岡山孤児院の創立記念日としている。その後、石井は岡山市門田屋敷の三友寺の一室を借り、「孤児教育会」を設立。後に岡山孤児院へ改称した。国立国会図書館によれば、石井は1889年に医学修業を断念し、孤児や貧困状態にある子どもの救済に専念した。岡山市は生涯に約3,000人を養育したと紹介し、岡山大学は1909年までの養育児童を1,965人としている。集計期間は異なるものの、明治期の民間社会事業として大規模な活動だったことが分かる。

岡山孤児院は、単に多数の子どもを一つの施設へ収容した事業でもなかった。宮崎県の石井十次に関する資料では、1906年に院児が1,200人に達した時期、石井は「家族制度」を全面導入し、児童を家庭に託す委託制度も本格化させたとされる。活版、理髪、機織りなどを学ぶ事業部を設け、職業教育にも取り組んだ。現在の里親制度をそのまま明治期の委託制度に当てはめることはできない。法的根拠、行政の責任、養育者への支援、子どもの権利保障が異なるからだ。ただし、大規模な集団生活だけでなく、より家庭に近い環境で子どもを育てようとした点は、現在の社会的養護を考える際にも比較できる。

石井が活動した時代には、現在の児童福祉法も子どもの権利条約も存在していない。このため、石井の実践をそのまま現代の「子どもの権利」に基づく活動として評価するのも適切ではない。国連で児童の権利に関する条約が採択されたのは1989年で、日本の批准は1994年だった。同条約は18歳未満の子どもについて、保護される存在であるだけでなく、固有の権利を持つ主体として権利の尊重と確保を定めている。孤児や困窮児を「救う」という慈善的な発想から、国や自治体が公的責任を負い、子どもの最善の利益や意見を考慮する制度へと、児童福祉を支える原理そのものが変化してきた。

こども家庭庁が2026年3月に公表した「社会的養育の推進に向けて」では、里親やファミリーホームへの委託、児童養護施設などへの入所を合わせ、社会的養護の下で暮らすこどもは約4万2千人とされる。このうち里親への委託児童は6,637人、ファミリーホームは1,862人、児童養護施設の現員は2万1,472人だった。同庁は社会的養護について、保護者のない児童などを公的責任で養育・保護するとともに、困難を抱える家庭を支援する制度と説明している。明治期の民間慈善事業とは、制度の責任主体が大きく異なる。

石井十次の生涯を現在から読む場合、「孤児の父」という人物評価だけで終えると、社会的養護の歴史的変化を見落とす。問われてきたのは、親と暮らせない子どもを誰が保護するかだけではなく、どのような生活環境を保障し、本人の意思やきょうだい、学校、地域との関係をどう扱うかである。岡山孤児院が試みた家族的な養育から約140年を経て、こども家庭庁は里親、ファミリーホーム、児童養護施設などを組み合わせた社会的養護を運用している。石井の事績は、児童救済の先駆者を記憶する歴史であると同時に、子どもの生活の場を「大人が与える保護」から「子どもに保障される権利」として捉え直してきた過程を考える材料となる。

出典

国立国会図書館「近代日本人の肖像 石井十次」
URL: https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6402/

岡山市「児童福祉の父 石井十次」
URL: https://www.city.okayama.jp/shisei/0000027729.html

岡山市「岡山孤児院跡」
URL: https://www.city.okayama.jp/shisei/0000019982.html

宮崎県「石井十次」
URL: https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/senkaku/pioneer/ishii/index.html

岡山大学医学部「岡山大学医学部・病院の歩み」
URL: https://oumed.okayama-u.ac.jp/about/anniversary/history/

こども家庭庁「社会的養護」
URL: https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo/

こども家庭庁「社会的養育の推進に向けて(令和8年3月)」
URL: https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/8aba23f3-abb8-4f95-8202-f0fd487fbe16/7d8f0cc9/20260316_policies_shakaiteki-yougo_156.pdf

外務省「児童の権利条約(児童の権利に関する条約)」
URL: https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/

人権ニュース編集部

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