1.愛知県など7自治体の公式資料を比較すると、監視対象は部落差別の識別情報に限定する自治体から、外国人、障害者、性的少数者への差別まで扱う自治体に分かれた。
2.自治体の削除要請には法的な強制力がなく、法務局を介する方法とサイト運営者へ直接申し出る方法が併用されている。
3.削除要請件数だけでなく、削除確認数、判断基準、証拠保存、被害者支援まで公表しなければ、モニタリング事業の効果を検証できない。

297件は「ネット差別が減った」数字ではない
愛知県は2025年度、インターネット上の差別的な書き込み297件を確認した。内訳は外国人に関する書き込みが192件で65%を占め、部落差別55件、障害者35件、性的少数者9件、感染症6件と続いた。確認件数は2024年度の519件、2023年度の732件を下回ったが、この数字だけで差別投稿そのものが減少したとは判断できない。同県の分析では、同一アカウントによる反復投稿や自動投稿とみられる書き込みが短期間の件数を大きく左右していた。2025年5月のある週には、障害者に関する22件のうち20件を同じアカウントが投稿していた。社会全体の差別意識ではなく、検索条件、投稿者の活動量、ニュースや事件の発生によって数値が動くためである。
人権ニュース編集部は2026年7月25日までに、愛知県、神奈川県、兵庫県、愛媛県、大阪市、兵庫県宝塚市、福岡県太宰府市が公表しているモニタリング事業の説明、実施要領、年度報告などを確認した。全国すべての自治体を数えた調査ではなく、公式資料から対象、検出方法、削除要請の経路、結果公表の方法を確認できた7自治体の比較である。
調査から見えてきたのは、「自治体がネット差別を監視している」という一つの制度ではない。何を差別投稿とみなすのか、誰が判断するのか、どこへ削除を申し出るのか、削除されたかどうかを追跡するのかという各段階で、運用は大きく異なっていた。
監視対象は自治体の政策判断で分かれる
愛知県の対象は、部落差別、外国人、障害者、性的少数者、感染症の5分野である。データ抽出ツールとAIによる自動判定を使い、その後に担当者が目視で二次確認する。ツールでは拾いにくいサイトについては手作業でも巡回する。単に特定の語が含まれているかを数えるのではなく、投稿の文脈を人が確認する仕組みを組み込んでいる。
兵庫県は、県内に関係する外国人、部落差別、性的少数者への差別的な書き込みを主な対象とし、2018年7月からモニタリングを実施している。愛媛県は2021年7月に取組を始め、サイト管理者への直接要請と松山地方法務局を通じた対応を採用した。県、市町、法務局、四国総合通信局、警察、人権団体による連絡会議や研修も行っており、投稿の発見だけでなく、関係機関の対応能力をそろえる仕組みを設けている。
太宰府市は、部落差別をはじめとする悪質な書き込みを早期に発見し、拡散を防ぐ目的でモニタリングを行い、福岡県、福岡法務局、サイト管理者などと連携して対処すると説明している。宝塚市は2018年12月に取組を始め、部落差別、外国人、障害者、性的少数者などに関する投稿を内部の審査組織で検討し、年度ごとの結果を公表している。
これらの自治体は、複数の人権課題を対象にしている。これに対し、大阪市と神奈川県は、特定の地域を被差別部落であると示す「識別情報」への対応を制度の中心に置いている。検索範囲を広げる方式と、権利侵害との関係が比較的明確な情報に限定する方式の違いである。
大阪市は「表現の自由」を運用原則に明記
大阪市は2025年8月、市内の同和地区に関する識別情報を対象としたモニタリングを開始した。関連語をデータ抽出システムで検出した後、職員が投稿内容を確認する。特定のアカウントを継続的に追跡する方式は採らない。実施計画には、目的の正当性、手段の相当性、客観性、公平性、透明性と並び、表現の自由への配慮が明記されている。
行政によるモニタリングは、一般公開された投稿を確認する作業であり、非公開の通信内容を調べる制度ではない。それでも、行政機関が投稿内容を収集し、削除相当と判断する以上、基準が曖昧であれば正当な批判や研究、報道まで萎縮させるおそれがある。大阪市が対象を「同和地区の識別情報」に限定し、アカウント単位で追跡しないと定めたのは、監視範囲を必要以上に広げないための制度的な歯止めと読める。
大阪市は2026年2月5日までに、確認した投稿52件について大阪法務局へ削除要請を依頼した。ただし、公表資料からは、52件のうち何件が削除され、削除までにどの程度の期間を要したのかまでは確認できない。要請件数を示すだけでは、投稿が残り続けているのか、別のサイトへ転載されたのかを判断できない。
愛知県はAI判定と被害者向けの証拠保存を併用
愛知県の仕組みには、他の自治体にはあまり見られない二つの特徴がある。第一は、データ抽出ツールとAIによる自動判定を導入し、担当者の目視確認と組み合わせている点である。第二は、特定の個人を対象とする悪質な投稿をスクリーンショットで保存し、被害者から申出があれば証拠資料として提供できるようにしている点である。
削除要請だけでは、投稿者の特定や損害賠償請求に必要な証拠を被害者が確保できるとは限らない。投稿が削除されれば、その後にURLや内容を確認することが難しくなる場合もある。愛知県の証拠保存は、モニタリングで得た情報を被害者本人の権利回復に接続する仕組みであり、単なる行政内部の件数集計とは性質が異なる。
ただし、AIがどのような語句や文脈を差別的と判定しているのか、誤検出がどの程度あるのかは、2025年度の公表資料だけでは分からない。最終判断を職員が行うとしても、抽出段階で漏れた投稿は人の審査に回らない。AI利用を公表する場合は、導入の有無だけでなく、人による再確認、誤検出の検証、対象語の見直し手順まで示す必要がある。
削除要請には二つの経路がある
自治体が問題投稿を確認した後の対応は、法務局に情報を提供し、法務局からサイト管理者などへ削除を求めてもらう方法と、自治体がサイト運営者へ直接申し出る方法に分かれる。神奈川県、愛媛県、宝塚市などは、この二つを併用している。
法務省の人権擁護機関は、インターネット上の情報が人権侵害に当たると判断した場合、プロバイダーなどに削除を要請している。2025年に新たに受理した人権侵犯事件8,207件のうち、インターネット上の人権侵犯は1,569件だった。法務省は、このうち有害情報の削除を求める措置を349件で行ったとしている。申告された投稿すべてが削除要請の対象になるわけではなく、権利侵害の有無を個別に判断する手続である。
部落差別に関して、法務省は2018年、特定の地域を同和地区であると示す情報について、原則として削除要請の対象とする考え方を示した。個人名を挙げた誹謗中傷と異なり、地域の識別情報は、その地域の出身者や居住者に対する就職、結婚、取引上の差別に利用される危険があるためである。
もっとも、自治体や法務局の削除要請は、裁判所の命令とは異なる。サイト運営者に削除を法的に強制する効力はなく、削除するかどうかは運営者側の判断に残される。静岡県議会の2026年の調査報告も、自治体による削除要請には強制力がなく、事業者に削除義務を生じさせるものではないと整理している。
情報流通プラットフォーム対処法でも一律削除にはならない
2025年4月1日に施行された情報流通プラットフォーム対処法は、大規模なSNSや掲示板などの事業者に対し、権利侵害情報の削除申出を受け付ける方法を公表し、申出を調査したうえで、原則として一定期間内に判断結果を通知するよう義務づけた。削除基準や運用状況の公表も制度に含まれる。
これは、「自治体が削除を要請すれば、事業者が必ず投稿を消す」制度ではない。法律が義務づける中心部分は、申出を放置せず、調査、判断、通知を行う手続である。投稿が違法な権利侵害に当たるか、利用規約に違反するかという実体判断は、個別の内容によって異なる。
自治体モニタリングの役割は、この制度を使うための入口を作る点にある。被害者本人が投稿を発見し、URLや画面を保存し、各事業者の窓口を探して申し出る負担を、行政が一部引き受けるからである。削除要請の件数だけを事業成果として扱えば、この負担軽減や投稿削除後の救済まで評価対象から外れてしまう。
神奈川県は削除確認数まで公表
神奈川県の2023年度報告では、部落差別に関する投稿77件、ヘイトスピーチに関する投稿661件を確認した。法務局への削除要請依頼は、それぞれ19件と51件で、削除を確認できたのは2件と14件だった。県は2024年3月、法務局を介さずサイト管理者へ直接申し出る取組を始め、同月中に33件を要請し、14件の削除を確認した。直接要請の数字は1か月分であり、年間実績と単純に比較はできないが、「要請した件数」と「削除を確認した件数」を分けて公表している。
宝塚市の2024年度報告では、内部のインターネットモニタリング審査会への報告が29件、サイト運営者などへの削除要請が8件、法務局への削除要請依頼が7件だった。同市は2025年3月12日時点で8件の削除を確認したとしている。法務局への依頼には、直接要請で削除されなかった投稿が含まれる場合があるため、各件数を単純に合計することはできない。それでも、確認日を付して削除結果を示すことで、事業の進行状況を外部から追える。
兵庫県の公式概要ページは、対象分野と事業開始時期を説明しているものの、同ページ上では年度ごとの確認件数、削除要請数、削除確認数を確認できなかった。太宰府市の説明ページも、関係機関との連携方法は示しているが、処理件数や削除結果は掲載していない。別の資料で公表されている可能性は残るものの、事業の入口となるページだけでは、住民が効果を把握しにくい構成である。
「何件見つけたか」だけでは実効性を測れない
モニタリング事業の評価で最初に区別すべきなのは、発見件数、削除要請件数、削除確認件数の三つである。発見件数が多くても、同一人物による反復投稿であれば被害の広がりと一致しない。削除要請件数が多くても、投稿が残っていれば拡散防止には直結しない。削除されたとしても、同じ内容が別のURLや動画、まとめサイトへ転載されれば、被害は継続する。
神奈川県の2023年度実績では、法務局への削除要請依頼70件に対し、削除確認は16件だった。数字だけを使えば削除確認率は約23%となるが、報告時点で審査中だった投稿や、後日削除された投稿が含まれる可能性がある。したがって、単年度の割合だけで法務局経由の方法が有効か無効かを断定することはできない。必要なのは、要請日、回答日、削除確認日を追跡し、未処理案件を翌年度に引き継いで示す方法である。
愛知県のように多数の投稿を広く検出する方式と、大阪市のように対象を部落差別の識別情報に絞る方式も、発見件数だけでは比較できない。監視範囲が違えば母数が異なり、使用する検索語や対象サイトを変更すれば年度間の連続性も失われる。自治体間の順位を作るのではなく、それぞれの対象と手法を明示したうえで結果を読む必要がある。
被害者救済につながる「証拠保存」
ネット差別への行政対応は、投稿を削除すれば完了するとは限らない。特定の個人や店舗、学校、地域を対象とする投稿では、被害者が発信者情報の開示、損害賠償、刑事告訴などを検討する場合がある。その際には、投稿内容、URL、投稿日時、アカウント名などの記録が必要になる。
愛知県が悪質な個人攻撃をスクリーンショットで保存し、本人の申出に応じて提供する仕組みは、行政が発見した投稿を被害者の手続に接続するものである。愛媛県が法務局、通信行政機関、警察、市町、人権団体を含む研修を行っていることも、投稿の種類に応じて相談先を振り分けるうえで合理性がある。削除、証拠保全、相談、法的手続は、それぞれ別の機能であり、一つの削除要請にまとめて扱うべきではない。
個人を特定しない集団への差別投稿では、誰が被害者として削除を申し出るのかが不明確になりやすい。自治体モニタリングは、この空白を埋めることができる。特定の住民が申告しなくても、地域や属性集団への差別情報を行政が把握し、法務局やサイト運営者へ伝えられるからである。
その反面、行政が「不快な表現」と「削除を申し出るべき権利侵害」を区別しなければ、表現内容への過度な介入となる。大阪市が目的、相当性、客観性、公平性、透明性、表現の自由を原則として掲げたように、監視対象と判断基準は事業開始前から公開しておく必要がある。
自治体が公表すべき五つの情報
7自治体の資料を比較すると、モニタリング事業を外部から検証するには、最低限、次の五つの情報が必要である。
1.監視対象となる差別分野、投稿の定義、対象サイト
2.検索語、データ抽出ツール、AI利用、目視確認などの検出方法
3.削除相当と判断する部署、審査組織、法務局との役割分担
4.発見件数、削除要請件数、削除確認件数、未処理件数
5.スクリーンショット保存、被害者への提供、相談窓口への接続方法
検索語をすべて公表すると監視回避に利用される可能性があるため、具体的な語句まで公開する必要はない。しかし、どの種類の投稿を対象とし、機械抽出だけで判断しないこと、削除要請後の結果を追跡していることは示せる。公開範囲を調整することと、制度全体を非公開にすることは別の問題である。
自治体間で統一された運用基準は、今回確認した資料からは見いだせなかった。神奈川県が国に対し、地方公共団体ごとではなく全国的に統一したモニタリングと削除要請を行う体制を提案していることも、現行制度の対象範囲や対応能力に差があることを示している。
削除確認まで示して初めて政策を検証できる
自治体によるネット差別モニタリングは、差別投稿を自動的に消す制度ではない。行政が問題投稿を発見し、証拠を保存し、法務局やサイト運営者へ伝え、削除の有無を確認し、必要に応じて被害者を相談機関へつなぐ一連の実務である。どこか一段階だけを実施しても、投稿の拡散防止と被害回復の双方を達成できるとは限らない。
2025年度に297件を確認した愛知県、2026年2月までに52件を大阪法務局へ送った大阪市、削除要請数と削除確認数を分けて公表した神奈川県と宝塚市では、同じ「モニタリング」という名称でも制度の構造が異なる。次年度の報告では、大阪市が52件の処理結果を、愛知県が297件のうち削除要請に進んだ件数を、神奈川県と宝塚市が未削除案件の継続状況を示せるかどうかで、各事業の検証可能性が決まる。
愛知県「インターネットモニタリングについて」
URL:https://www.pref.aichi.jp/soshiki/jinken/monitoring.html
愛知県「2025年度インターネットモニタリング結果の分析」
URL:https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/619269.pdf
大阪市「インターネット上の同和地区識別情報モニタリング実施計画」
URL:https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/cmsfiles/contents/0000004/4594/R7-1-8.pdf
大阪市「インターネット上の人権侵害への対応について」
URL:https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/cmsfiles/contents/0000348/348740/siryou2.pdf
神奈川県「インターネット上の差別情報への対応」
URL:https://www.pref.kanagawa.jp/docs/m8u/cnt/f864/images/douwa.html
神奈川県「令和5年度人権施策推進指針事業実績報告書」
URL:https://www.pref.kanagawa.jp/documents/22841/r5_report.pdf
兵庫県「インターネット・モニタリング事業」
URL:https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf06/monitaringu.html
愛媛県「インターネット上の人権侵害に関する取組」
URL:https://www.pref.ehime.jp/page/7668.html
宝塚市「インターネットモニタリング事業」
URL:https://www.city.takarazuka.hyogo.jp/1060681/1060701/1061582/1031485.html
宝塚市「令和6年度インターネットモニタリング事業実施結果」
URL:https://www.city.takarazuka.hyogo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/031/485/r6_monitoring.pdf
太宰府市「インターネット上の差別書き込みモニタリング」
URL:https://www.city.dazaifu.lg.jp/soshiki/11/33924.html
法務省「令和7年における人権侵犯事件の状況」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00306.html
e-Gov法令検索「情報流通プラットフォーム対処法」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000137
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