1.北海道は11月11日、児童養護施設で生活した経験を持つブローハン聡氏を講師に、児童虐待防止と社会的養護を考える講演会を開催する。
2.2024年度の全国の児童虐待相談対応件数は22万3691件で、心理的虐待が全体の約6割を占めた。
3.児童虐待の防止には、早期発見と安全確保だけでなく、社会的養護の下で暮らす子どもの権利保障や退所後の自立支援までを考える必要がある。

児童養護施設での経験から虐待防止を考える
北海道中央児童相談所などは2026年11月11日、石狩市の総合保健福祉センター「りんくる」で、児童虐待防止講演会を開催する。演題は「児童養護経験者として、児童虐待防止と社会的養護について考える。」で、講師はブローハン聡氏。午後2時から3時30分まで実施し、定員は100人、参加費は無料となっている。
主催は北海道中央児童相談所、北海道岩見沢児童相談所、石狩市。11月のオレンジリボン・児童虐待防止推進キャンペーンに合わせた啓発事業となる。
ブローハン氏は幼少期に虐待を受け、11歳から19歳まで東京都内の児童養護施設で生活した経験を持つ。現在は講演活動や情報発信を通じ、子どもや若者への支援活動などに取り組んでいる。
今回の講演会は、虐待防止の制度を行政が説明するだけでなく、実際に社会的養護を経験した人の視点から、子どもの生活や支援のあり方を考える内容となっている。
児童虐待相談は年間22万件を超える
こども家庭庁が公表した2024年度の統計によると、全国の児童相談所における児童虐待相談対応件数は22万3691件だった。前年度の22万5509件から減少したものの、高い水準が続いている。
虐待の種類別では、心理的虐待が13万3024件で全体の59.5%を占めた。
児童虐待防止法は、児童虐待を身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待の4種類に分類している。
心理的虐待には、子どもに対する言葉による脅迫や無視、きょうだい間の差別的な取扱いのほか、子どもの前で家族に暴力を振るう面前DVなども含まれる。
身体に直接傷を負わせる行為だけでなく、家庭内で継続する威圧や暴力によっても、子どもの安全や尊厳が損なわれる場合がある。
相談件数の減少は虐待の減少を意味するのか
2024年度の児童虐待相談対応件数は前年度から減少した。しかし、この数字だけで虐待そのものが減少したと断定することはできない。
児童相談所の相談対応件数は、相談や通告によって把握された案件を集計したものである。実際に虐待を受けている子どもの総数を示すものではない。
周囲の人が虐待を疑っても通告しなかった場合や、子ども自身が被害を訴えられなかった場合など、行政が把握できていない事例も存在し得る。
虐待防止施策の成果を検証する際には、相談件数の増減だけでなく、通告後の安全確認、必要な支援への接続、再発の有無、子どもの生活環境が改善されたかを確認する必要がある。
社会的養護は何を保障する制度なのか
社会的養護とは、保護者がいない子どもや、家庭での養育が適切ではない子どもを、公的責任によって養育・保護する制度である。
児童養護施設、乳児院、里親家庭、ファミリーホームなどがそれぞれ役割を担う。
社会的養護の目的は、家庭で生活できない子どもに食事や住まいを提供することだけではない。安全な生活環境を確保し、心身の成長を支え、安定した人間関係や教育を受ける機会を保障することである。
2016年の児童福祉法改正では、子どもの最善の利益を考慮し、家庭と同様の養育環境で育つことを優先する考え方が明確にされた。
これを受け、里親委託の推進や児童養護施設の小規模化などが進められてきた。
里親家庭と施設のどちらが適しているのか
社会的養護を考える際、家庭的な環境で子どもを育てることの必要性が論じられる。
しかし、里親家庭での養育を推進することと、すべての子どもに里親委託が適していると判断することは異なる。
虐待を受けた経験、心身の状態、きょうだいとの関係、学校生活、本人の希望などによって、必要な養育環境は異なる。
里親家庭で生活するために専門的な心理支援が必要となる子どももいれば、施設で継続的な医療や生活支援を受けることが適している場合もある。
制度の評価に当たっては、里親委託率や施設入所者数だけでなく、子どもにとって適切な養育環境が確保されたかを確認する必要がある。
里親家庭への委託後も、養育上の困難が生じた場合に専門機関へ相談できる体制が不可欠となる。
保護された後の子どもの意見表明
児童虐待防止では、虐待のある家庭から子どもを保護できたかという点に関心が集まりやすい。
しかし、保護後の生活についても、子どもの権利保障を考える必要がある。
児童養護施設や里親家庭で暮らす子どもには、自分の生活や将来について意見を述べる権利がある。
2022年の児童福祉法改正では、子どもの意見を聴く仕組みが強化され、意見表明等支援事業が法定化された。
この制度は、子どもの考えを大人が代わりに決めるのではなく、子ども自身が希望や不安を表明できるように支援するものである。
養育する大人や児童相談所に対して直接不満を伝えにくい場合には、第三者的な立場から子どもの意見表明を支える仕組みが役立つことがある。
社会的養護の内部でも虐待を防ぐ
児童養護施設などは、家庭で十分な保護を受けられない子どもを支える場所である。しかし、施設内で不適切な行為が生じる可能性も考えなければならない。
2009年4月に施行された児童福祉法改正により、施設職員等による「被措置児童等虐待」について、都道府県などが児童本人からの届出や周囲からの通告を受け、調査などを行う制度が整備された。
こども家庭庁は、社会的養護の施設等における体罰、言葉による暴力、心理的虐待、性的な不適切行為などを防止するための資料や対応状況を公表している。
家庭で虐待を受けた子どもが、保護された後の生活でも権利侵害を受けることがないよう、施設内部の相談体制や外部による確認の仕組みを整える必要がある。
社会的養護を離れた後の生活
社会的養護を経験した若者にとって、施設や里親家庭を離れた後の生活も課題となる。
家庭で育つ若者は、進学や就職、住居の確保などで保護者から援助を受ける場合がある。しかし、社会的養護を経験した若者には、家族から経済的・精神的な支援を受けることが難しい人もいる。
そのため、生活費や住居の確保、進学費用、就職活動などについて、限られた支援の中で判断しなければならない場合がある。
自立支援では、就職や進学が決まったかという結果だけでなく、生活が安定しているか、困ったときに相談できる相手がいるか、必要な支援を継続して利用できるかを考える必要がある。
年齢だけを基準に支援を打ち切れば、生活上の困難を抱えた若者が制度の対象から外れる可能性がある。
当事者の経験を制度改善に生かす
児童養護施設を経験した人が自身の体験を語ることには、行政資料だけでは把握しにくい生活上の問題を考えるきっかけとなる側面がある。
ただし、一人の経験者の体験を、すべての社会的養護経験者に共通するものとして扱うべきではない。
養育環境や支援の内容、家族との関係、退所後の生活には個人差がある。制度を改善するには、複数の当事者の意見を聴き、それぞれの事情を踏まえて検討する必要がある。
北海道中央児童相談所、岩見沢児童相談所、石狩市が共同で開催する今回の講演会は、児童虐待の早期発見だけでなく、社会的養護の下で暮らす子どもの生活と、その後の自立までを連続した問題として考える機会となる。
北海道「令和8年度(2026年度)児童虐待防止講演会開催のお知らせ」 URL:https://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/cuj/272290.html
北海道「令和8年度児童虐待防止講演会案内リーフレット」 URL:https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/1/3/2/2/8/2/9/4/_/%E2%98%86R8.11.11_%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88.pdf
こども家庭庁「児童虐待防止対策」
URL:https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai
こども家庭庁「社会的養護」
URL:https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo
こども家庭庁「被措置児童等虐待届出等制度の実施状況について」 URL:https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo/gyakutai-todokede/
氏(大阪公立大学-名誉教授).jpg)
