【いまさら聞けない】人権教育啓発推進センターとは何か

この記事のポイント

1.人権教育啓発推進センターは、1987年に「地域改善啓発センター」として設立され、現在は国の人権啓発事業を担う公益財団法人である。
2.制度上の土台は、人権教育・啓発推進法、同法に基づく基本計画、政府の年次報告である人権教育・啓発白書にある。
3.法務省の中央委託事業、中小企業庁の企業向け啓発、厚生労働省のアイヌ生活相談事業などを担う一方、地方公共団体・企業向けの独自教材制作は近年見えにくくなっている。

人権教育啓発推進センターとは何か

公益財団法人人権教育啓発推進センターは、人権に関する啓発教材の作成、資料の収集・提供、講演会、研修会、シンポジウム、人権ライブラリーの運営などを担ってきた公益法人である。行政機関そのものではないが、法務省をはじめとする国の委託事業を受け、国の人権啓発施策を社会に届ける中間的な実施機関として活動してきた。

同センターの前身は、1987年10月7日に設立された「財団法人地域改善啓発センター」である。当初は、同和問題を中心とする地域改善対策の啓発機関として出発した。その後、1997年4月に「財団法人人権教育啓発推進センター」へ改称し、対象とする人権課題の範囲を広げた。2012年4月には公益財団法人へ移行している。

この沿革は、日本の人権啓発行政の変化と重なる。戦後の同和対策、地域改善対策から出発した啓発事業が、女性、こども、高齢者、障害のある人、外国人、感染症、ハンセン病、インターネット上の人権侵害、性的マイノリティ、ビジネスと人権など、より広い人権課題を扱う枠組みに組み替えられてきた。その過程で、地域改善啓発センターも、人権教育啓発推進センターへと性格を変えていった。

直接の設置法ではなく、人権教育・啓発推進法が制度上の土台

人権教育啓発推進センターそのものを設置する個別法があるわけではない。制度上の土台となるのは、2000年12月6日に公布・施行された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」である。

同法は、人権教育を「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」、人権啓発を「国民の間に人権尊重の理念を普及させ、それに対する国民の理解を深めることを目的とする広報その他の啓発活動」と定義している。国には、人権教育・啓発に関する施策を策定し、実施する責務がある。地方公共団体にも、国との連携を図りつつ、地域の実情を踏まえて施策を策定・実施する責務がある。

同法の特徴は、第7条で国に「人権教育及び人権啓発に関する基本的な計画」の策定を義務付け、第8条で政府に年次報告を求めている点にある。この年次報告が、いわゆる「人権教育・啓発白書」である。さらに第9条では、国が地方公共団体に対し、事業委託その他の方法により財政上の措置を講ずることができると定めている。

つまり、人権教育啓発推進センターは、法律で直接設置された機関ではないが、人権教育・啓発推進法、基本計画、白書、法務省の委託事業の中で、国の人権啓発を実施する機関として機能してきた。

白書では、国の人権啓発施策の実施機関として現れる

人権教育・啓発白書は、人権教育・啓発推進法第8条に基づき、政府が毎年、国会に提出する年次報告である。法務省と文部科学省が関係府省庁の協力を得て取りまとめ、政府が講じた人権教育・啓発施策を整理する。

白書の中で人権教育啓発推進センターは、国の人権啓発事業を実施する委託先として現れる。特に法務省の人権擁護機関は、国民一般を対象にした啓発教材、講演会、研修会、シンポジウム、資料提供などを行っており、その一部を同センターへの委託事業として実施してきた。

人権ライブラリーも、この流れの中にある。人権ライブラリーは、法務省委託事業により同センター内に設けられ、人権に関する図書、ビデオ、DVD、展示パネル、地方公共団体が作成した啓発資料などを収集・提供している。

法務省の中央委託事業と地方委託事業の違い

法務省の人権啓発事業を理解するうえでは、「中央委託事業」と「地方委託事業」を分けて見る必要がある。

中央委託事業は、法務省本省が人権教育啓発推進センターに委託して実施する全国的な事業である。会計検査院の資料では、「人権啓発活動中央委託」として、人権に関する啓発教材の作成、人権に関する情報・資料の収集提供、人権に関する講演会等の開催などが対象とされている。法務省は1997年度以降、毎年度、同センターに対して人権啓発活動を委託してきたと整理されている。

これに対し、地方委託事業は、国が地方公共団体に委託し、地域の実情に応じた啓発活動を行う枠組みである。都道府県や政令指定都市などが、講演会、啓発資料の作成、街頭啓発、学校や地域での人権啓発活動などを実施する場合がある。根拠としては、人権教育・啓発推進法第9条の「財政上の措置」が関わる。

整理すれば、中央委託事業は「全国共通の啓発基盤を作る事業」であり、地方委託事業は「地域の実情に応じて住民に届ける事業」である。前者では人権教育啓発推進センターが主な受託先となり、後者では地方公共団体が実施主体となる。このすみ分けを押さえると、同センターが国の人権啓発行政のどこに立っているのかが見えやすくなる。

横田洋三氏と坂元茂樹氏、国際人権法との接点

同センターの性格を考えるうえで重要なのが、理事長経験者の経歴である。前理事長の横田洋三氏、現理事長の坂元茂樹氏はいずれも国際法・国際人権法の研究者であり、国連人権機関や国際的な人権基準の形成に関わってきた。

横田氏は、国際法・国際人権法の研究者で、国連人権促進保護小委員会委員、国連人権委員会ミャンマー担当特別報告者、国際労働機関条約勧告適用専門家委員会委員・委員長、法務省特別顧問などを歴任した。国連の人権調査については、ブータンではなく、ミャンマーの人権状況に関する国連特別報告者として活動した経歴が確認できる。

坂元氏は、神戸大学名誉教授で、専門は国際法、国際人権法、条約法などである。国際法学会、国際人権法学会の理事長を歴任し、国連人権理事会諮問委員会委員も務めた。現在は、人権教育啓発推進センター理事長のほか、笹川平和財団理事なども務めている。

横田洋三氏は、ハンセン病差別を国連人権機関の議題に押し上げた

ハンセン病をめぐる国際的な差別撤廃の取組では、横田氏の役割を軽く扱うべきではない。横田氏は、医学的な意味でのハンセン病専門家ではない。しかし、ハンセン病患者・回復者とその家族に対する差別を、国際人権法と国連人権機関の課題として扱った中心人物の一人である。

横田氏自身は、2014年の論考で、2003年に日本財団の笹川陽平会長らから、ハンセン病をめぐる差別問題について相談を受けたことを記している。横田氏は、国連人権促進保護小委員会の委員に説明する機会を設けることを提案し、その後、自身が報告者に任命された。横田氏は2004年、2005年に報告書を提出し、2005年の最終報告書で「ハンセン病差別撤廃に関する原則と指針案」の採択を提言したと述べている。

笹川陽平氏も、横田氏の追悼文で、横田氏がハンセン病の人権問題の最初の報告者として、エチオピア、インド、ブラジルなどを共に訪問したと述べている。同追悼文では、横田氏の努力なくして、2010年12月の国連総会におけるハンセン病差別撤廃決議の採択はなかっただろう、と評価している。

この経緯から見ると、横田氏は、ハンセン病差別を国連人権機関の正式な課題として国際化した人物である。人権教育啓発推進センターの前理事長が、国内の啓発行政だけでなく、ハンセン病差別撤廃の国際的展開にも深く関わっていたことは、同センターの性格を理解するうえで欠かせない。

坂元茂樹氏は、原則及びガイドラインの起草を主導

坂元氏は、横田氏が切り開いた国連人権機関での流れを受け、後続する段階で「原則及びガイドライン」の作成に中心的に関わった人物である。

2008年6月、国連人権理事会は、日本などが共同提案したハンセン病差別撤廃決議を採択した。この決議を受け、国連人権理事会諮問委員会は、ハンセン病患者・回復者とその家族に対する差別撤廃のためのガイドライン策定を進めた。笹川保健財団の資料では、坂元氏が2008年8月の諮問委員会初会合で、「原則及びガイドライン」の草案作成を指名されたと説明している。

外務省も、坂元氏が国連人権理事会諮問委員会委員として、ハンセン病差別撤廃を目的とする原則及びガイドラインの作成を主導したと説明している。

この文書は条約ではない。国連人権理事会と国連総会の決議を通じて、各国政府や関係機関に考慮が促された国際的指針である。ただし、条約でないから軽いという意味ではない。ハンセン病患者・回復者とその家族に対する差別を、医療や福祉だけでなく、人権問題として国際社会に認識させるうえで、横田氏の報告と、坂元氏が関わった原則及びガイドラインは連続した意味を持っている。

横田氏は、日本財団・笹川陽平氏らの働きかけを受け、ハンセン病差別を国連人権機関の課題として扱う初期段階を支えた。坂元氏は、その後の国連人権理事会諮問委員会の段階で、原則及びガイドラインの法的整理と起草に関わった。両氏は、日本財団・笹川保健財団が進めてきたハンセン病差別撤廃の国際的取組に、それぞれ異なる局面で関与していたと整理できる。

中小企業庁からの委託事業

人権教育啓発推進センターの活動は、法務省の中央委託事業に限られない。近年、公開情報で確認しやすいものとして、経済産業省中小企業庁からの委託事業がある。

同センターは、中小企業庁の委託を受け、「CSR(企業の社会的責任)と人権セミナー」や「企業における人権問題に関するセミナー」を開催している。令和7年度の案内でも、同センターが経済産業省中小企業庁の委託を受けて、CSRと人権セミナー、企業における人権問題に関するセミナーを開催していると説明されている。

この分野では、法務省の一般向け人権啓発とは対象が異なる。中小企業庁の委託事業は、企業経営者、人事担当者、従業員研修の担当者などを意識した啓発であり、採用、職場環境、取引、サプライチェーン、苦情対応など、企業実務と人権課題を結び付ける内容になる。中小企業庁の「人権啓発支援」ページでも、CSRと人権に関するセミナー概要パンフレットが年度別に掲載されている。

同センターは、国民一般向けの人権啓発だけでなく、企業向けの人権研修・啓発の実施機関としても機能している。

厚生労働省のアイヌ生活相談事業

厚生労働省関係では、アイヌの人々を対象にした生活相談事業がある。人権教育啓発推進センターは、厚生労働省の生活相談充実事業により、アイヌの方々のための電話相談を実施している。相談内容として、日常生活の悩み、嫌がらせ、差別、プライバシー侵害などが示されている。

相談は無料で、匿名でも受け付け、秘密は厳守するとされる。専用フリーダイヤルも設けられており、自治体の案内でも、同センターが厚生労働省生活相談充実事業により実施するものと説明されている。

この事業は、啓発教材や研修とは異なり、相談事業である点に特徴がある。人権教育啓発推進センターは「啓発」の組織として見られがちだが、厚生労働省の委託では、先住民族であるアイヌの人々の生活上の困りごとや差別に関する相談を受ける役割も担っている。

独自教材制作は、近年は見えにくくなっている

同センターは、過去には地方公共団体や企業などからの委託を受け、啓発資料や研修教材、視聴覚教材の制作に関わってきた。地方公共団体の人権啓発資料室や貸出ビデオ一覧には、地域改善啓発センター時代や人権教育啓発推進センター名義の教材が残っている例もある。

しかし、近年の公開情報を見る限り、同センター自身が地方公共団体や企業から個別に受託して制作した独自教材は、以前ほど前面には出ていない。人権ライブラリーで目立つのは、法務省委託教材、中小企業庁委託の企業向けセミナー・資料、厚生労働省関係の相談事業など、国の委託事業名を冠した成果物である。

国の人権教育・啓発を社会に届ける中間機関

人権教育啓発推進センターは、行政機関ではない。しかし、法務省の中央委託事業を通じて、国の人権教育・啓発を、教材、研修、シンポジウムなどに具体化してきた。

同時に、中小企業庁からは企業向けの人権啓発事業を受け、厚生労働省関係ではアイヌの人々の生活相談事業も担っている。前理事長の横田洋三氏、現理事長の坂元茂樹氏の経歴から見ても、同センターは国内の行政だけでなく、国際人権法、国連人権機関、日本財団・笹川保健財団が関わったハンセン病差別撤廃の国際的取組とも接点を持ってきた。

人権教育啓発推進センターを理解するには、単に「法務省の委託先」と見るだけでは足りない。地域改善啓発センターから出発した歴史、人権教育・啓発推進法に基づく国の施策、中央委託と地方委託のすみ分け、企業向け啓発、アイヌ相談事業、国際人権法との接点を合わせて見る必要がある。芝大門の人権ライブラリーに蓄積される教材や資料は、同センターが国の人権施策を社会へ届けてきた具体的な足跡でもある。

出典

出典 公益財団法人人権教育啓発推進センター「人権センターの沿革」
URL:https://www.jinken.or.jp/houjingaiyou/enkaku

出典 公益財団法人人権教育啓発推進センター「人権センターの概要」
URL:https://www.jinken.or.jp/houjingaiyou/houjin

出典 人権ライブラリー
URL:https://www.jinken-library.jp/

出典 人権ライブラリー「アクセスマップ」
URL:https://www.jinken-library.jp/about/access.php

出典 文部科学省「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinken/siryo/1318152.htm

出典 e-Gov法令検索「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC1000000147

出典 法務省「令和7年版 人権教育・啓発白書」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00321.html

出典 会計検査院「人権啓発活動の委託に当たり、研究員手当の時間単価の算出方法等を改善させたもの」
URL:https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-0122-0.htm

出典 人権ライブラリー「委託人権啓発教材(法務省委託)」
URL:https://www.jinken-library.jp/database/materials.php

出典 人権ライブラリー「令和7年度経済産業省中小企業庁委託 CSRと人権セミナー等」
URL:https://www.jinken-library.jp/news/detail/106304/

出典 中小企業庁「人権啓発支援」
URL:https://www.chusho.meti.go.jp/soudan/jinken_pamf/index.html

出典 公益財団法人人権教育啓発推進センター「アイヌの方々のための相談事業を実施します」
URL:https://www.jinken.or.jp/archives/10348

出典 京田辺市「アイヌの方々からのさまざまなご相談をお受けします」
URL:https://www.city.kyotanabe.lg.jp/0000009997.html

出典 笹川平和財団「坂元茂樹プロフィール」
URL:https://www.spf.org/iina/author/shigeki_sakamoto.html

出典 外務省「人権理事会諮問委員会」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken_r/hrcac.html

出典 横田洋三「ハンセン病と人権―日本の動き、世界の動き」
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/hansen/83/3/83_125/_pdf

出典 笹川保健財団「95号 大使メッセージ:横田洋三教授を偲ぶ」
URL:https://www.shf.or.jp/information/5522

出典 笹川保健財団「WHOと日本財団/笹川保健財団のパートナーシップ50周年記念特集 医療問題・社会問題としてのハンセン病」
URL:https://www.shf.or.jp/information/24023

出典 日本財団「ハンセン病患者・回復者とその家族に対する差別撤廃決議」関係資料
URL:https://www.nippon-foundation.or.jp/media/archives/2018/news/pr/2012/img/4/8f0j6k00000fkaid.pdf

出典 THINK NOW ハンセン病「グローバル・アピール2015 TOKYO」
URL:https://leprosy.jp/ga2015/outline/

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

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