
人権担当部局に配属された職員が、同和問題(部落差別)を担当する際、最初に押さえておきたい資料が、法務省人権擁護局の「部落差別の実態に係る調査結果報告書」である。この調査は、平成28年に施行された部落差別解消推進法第6条に基づくもので、同条は、国が部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て実態調査を行うと定めている。
まず確認すべき点は、この報告書が「旧同和地区の所在地を調べる資料」ではないということである。調査は、①法務省の人権擁護機関が把握する差別事例、②地方公共団体・教育委員会が把握する差別事例、③インターネット上の部落差別、④一般国民に対する意識調査、の4本柱で構成されている。相談、差別表現、ネット上の識別情報、結婚・交際をめぐる意識などを通じて、現在どのような形で部落差別が現れているかを把握するための資料である。
法務省の人権擁護機関が把握した事例では、部落差別に関する人権相談は平成27年404件、平成28年424件、平成29年402件で推移し、人権相談全体に占める割合は0.2%弱だった。人権侵犯事件は平成25年80件、平成26年110件、平成27年117件、平成28年76件、平成29年103件で、全体の0.5%前後を占めた。件数だけを見ると大きな増加ではないが、インターネット上の事件は増加傾向にあり、その多くが「識別情報の摘示」と整理されている。
ここでいう「識別情報の摘示」は、職員が特に理解しておく必要がある。典型的には、特定の地域を旧同和地区であると示す情報や、特定の人がその地域の出身者であると分かるようにする情報を指す。単なる地域情報のように見えても、結婚、就職、近隣関係などで差別的に利用される可能性があるため、自治体窓口に「この地域は同和地区か」といった照会があった場合、地名の確認に応じるのではなく、照会の趣旨を確認し、差別につながる情報提供は行わないという基本姿勢が必要になる。
地方公共団体が把握した差別事例では、平成25年から平成29年までの相談件数は2,039件、2,076件、2,242件、2,367件、2,217件と推移した。報告書では、件数はおおむね横ばいと整理されている。類型別では「その他」を除くと差別表現が大きな割合を占め、次いで結婚・交際、雇用が続く。地方公共団体の人権部局にとっては、住民相談、学校・教育委員会との連携、職員の窓口対応、インターネット上の情報把握が、同じ問題の別々の入口になっていると読む必要がある。
一般国民に対する意識調査では、18歳以上の1万人を対象に調査を行い、有効回収数は6,216人、回収率は62.2%だった。調査結果では、部落差別について多くの人が不当な差別であると理解している一方、交際相手や結婚相手が旧同和地区の出身者であるかどうかを「気にする」と答えた人が15.8%いた。近隣住民や職場の同僚としては気にしない人が多いとしても、結婚・交際という家族関係に近い場面で偏見が残る点が、この調査の重要な読みどころである。
インターネット調査では、部落差別に関連するウェブページを抽出し、識別情報の摘示、特定個人に対する誹謗中傷、不特定者に対する誹謗中傷などに分類している。報告書は、識別情報の摘示や不特定者への誹謗中傷が特定のウェブサイトに集中する傾向も示した。これは、自治体の啓発が従来型の講演会や広報紙だけでは足りないことを意味する。ネット上で地名、名字、学校区、住宅地情報などが差別的に使われる場合、削除依頼、法務局との連携、庁内での情報共有を含めた実務対応が必要になる。
職員がこの報告書から学ぶべきことは、部落差別を「過去の地域改善対策の話」としてだけ扱わないことである。報告書が示す現在の部落差別は、露骨な差別発言だけではない。結婚・交際をめぐる家族内の反対、匿名掲示板や検索サイトを通じた地域情報の拡散、個人の出身を探ろうとする照会、職場や採用場面での偏見など、形を変えて現れている。
地方公共団体の実務では、相談を受けた職員が「これは単なる問い合わせか、差別につながる照会か」を判断する場面がある。その際に必要なのは、相談者を頭ごなしに否定することではなく、何のためにその情報を求めているのかを確認し、差別を助長する情報提供を避け、必要に応じて法務局、人権擁護委員、教育委員会、庁内関係部署につなぐ対応である。報告書も、今後の施策として、相談窓口の周知、対応能力向上のための研修、インターネット上の人権侵害情報への関係機関との連携を挙げている。
「部落差別の実態に係る調査結果報告書」は、数字を覚えるための資料ではない。地方公共団体の人権部局にとっては、相談、啓発、教育、ネット対応、職員研修を組み立てる際の基礎資料である。とくに、結婚・交際とインターネット上の識別情報という二つの論点を押さえることで、部落差別が現在どの場面で問題化しやすいのかを理解しやすくなる。
法務省人権擁護局「部落差別の実態に係る調査結果報告書」
URL:https://www.moj.go.jp/content/001327359.pdf
e-Gov法令検索「部落差別の解消の推進に関する法律」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC1000000109
大阪市「『部落差別解消推進法』第6条に基づく部落差別の実態に係る調査について」
URL:https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/cmsfiles/contents/0000348/348740/9shiryou1.pdf

