1.食品企業の人権方針は、社内の差別・ハラスメント対策にとどまらず、原材料調達、海外サプライチェーン、外国人・移住労働者の権利まで対象を広げている。
2.味の素、キリン、明治、日清食品、サントリー、ニッポンハム、ニチレイ、Umiosは、いずれも公式資料で人権デュー・ディリジェンスやサプライチェーン上の人権リスクに触れている。
3.比較の焦点は、方針の有無ではなく、一次産品の調達現場で把握したリスクを、取引先との対話、是正、救済の仕組みにどう接続しているかにある。

味の素グループは2024年、マレーシアのパーム油とタイの養殖エビで人権影響評価を実施し、2025年にはブラジルのコーヒー豆・大豆、タイのパーム油についても調査を行った。対象原料として同社が挙げるのは、コーヒー、大豆、サトウキビ、パーム油、エビ、キャッサバ、ビート、トウモロコシである。食品企業の人権方針は、工場内の労務管理だけでなく、農園、漁場、加工場、物流、輸出業者、地域社会にまで及ぶ課題として扱われ始めている。
日本政府は2025年12月24日、「ビジネスと人権」に関する行動計画を改定し、企業活動における人権への負の影響の特定、評価、予防、軽減、対処などから成る人権デュー・ディリジェンスの導入促進への期待を示した。経済産業省も2022年9月13日、日本政府のガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を決定している。食品企業にとって、この枠組みは抽象的な理念ではない。カカオ、紅茶、コーヒー、パーム油、水産物、畜産物などの調達では、児童労働、強制労働、人身取引、労働安全衛生、土地の権利、適正賃金、移住労働者の募集費用といった課題が、企業活動と結び付き得るからである。
本稿では、2026年7月4日時点で各社が公表している公式資料を基に、食品関連企業8社の人権方針と人権デュー・ディリジェンスの記載を比較した。対象は、味の素グループ、キリンホールディングス、明治グループ、日清食品グループ、サントリーグループ、ニッポンハムグループ、ニチレイグループ、Umiosである。比較軸は、①原材料調達への言及、②外国人・移住労働者への言及、③サプライチェーン管理、④救済・苦情処理メカニズム、⑤取締役会や委員会などのガバナンスの5点とした。
| 企業名 | 公式資料で確認できる主な記載 | 読み取れる特徴 |
|---|---|---|
| 味の素グループ | バリューチェーン全体を対象に、特に「サプライチェーン上流」と「グループ従業員」を優先して人権デュー・ディリジェンスを展開。2024年にマレーシアのパーム油、タイの養殖エビ、2025年にブラジルのコーヒー豆・大豆、タイのパーム油で人権影響評価を実施。 | 原料別・国別にリスクを分けている点が具体的。タイの養殖エビでは外国人労働者の諸権利、ブラジルの大豆では土地権利や短期労働者の雇用方法に触れている。 |
| キリンホールディングス | 2018年に国連指導原則に沿って人権方針を策定し、2023年に改定。取締役会が人権尊重の取組を監督し、事業領域全体とバリューチェーン全体を対象に人権デュー・ディリジェンスを継続プロセスとして実施すると記載。 | 食品・飲料、ヘルスサイエンス、医薬まで含むグループ横断型。紅茶など農産物サプライチェーンとの接続が見える。 |
| 明治グループ | 2019年度から人権デュー・ディリジェンスを開始。2022年には2019年に特定した人権課題を見直し、食品・医薬品の各事業領域のバリューチェーン全体でリスクを抽出。児童労働、強制労働・人身取引、差別、ハラスメントなどを顕著な人権課題として整理。 | チョコレート、乳製品、医薬品を持つ企業として、原料調達と製造・販売の双方を対象にする構成。カカオなど農産物調達との関係を読み取る必要がある。 |
| 日清食品グループ | 2018年4月に人権方針を制定。人権デュー・ディリジェンスでは、2020年度に人権リスク評価を行い、「国内グループ会社の外国人社員の職場環境把握」と「アジア地域におけるサプライチェーン管理体制の強化」を優先テーマとして特定。 | 加工食品企業として、国内工場・グループ会社とアジアのサプライチェーンを分けて扱う点が特徴。外国人社員の職場環境を明記している。 |
| サントリーグループ | 自社工場やサプライチェーンでSedex、SAQ、SMETAなどを用いてリスクを把握。サプライチェーンの救済では、通報ホットラインの有無や苦情処理の仕組みを確認し、移民労働者についてはJP-MIRAIを通じた苦情処理メカニズムにも言及。 | 飲料・酒類企業として、工場、製造委託先、主要原料の上流、移民労働者を広く扱う。2024年国内外の通報件数など、開示の粒度が比較的細かい。 |
| ニッポンハムグループ | 2020年12月23日に人権方針を制定し、2024年9月13日に改定。人権方針は取締役会の承認を受け、サプライチェーンにおける人権尊重、人権デュー・ディリジェンス、是正と救済、情報開示を記載。2025年度の人権影響評価では、ハラスメント、労働安全衛生、労働時間を高リスクと特定。 | 食肉・加工食品企業として、工場労働、安全衛生、労働時間への記載が厚い。ハラスメント防止ハンドブックを7か国語に翻訳し、外国人従業員にも配布している。 |
| ニチレイグループ | 2022年2月15日に取締役会で人権方針を承認。ビジネスパートナーとサプライチェーン全体の把握に努め、サプライヤーへの共有、遵守状況の確認・評価を記載。苦情処理メカニズムでは、従業員、ビジネスパートナー、サプライヤーの従業員が通報できる仕組みを掲げる。 | 冷凍食品・低温物流を含むグループとして、サプライチェーン全体の把握と苦情処理を方針本文に明記している。土地、水、先住民の権利にも触れる。 |
| Umios | 2019年度から人権デュー・ディリジェンスの仕組み構築に向けた取組を本格化。2030年のKGIとして、サプライチェーン上での人権侵害ゼロに向けた取組を掲げる。優先課題には、国内外の移住労働者の強制労働・人身取引、漁船労働者の権利侵害、サプライチェーン上流の強制労働・人身取引、救済メカニズムを挙げる。 | 水産業特有の人権リスクを明確に出している。漁船労働者、まぐろサプライチェーン、IUU漁業との接点は、食品企業の中でも特徴的である。 |
8社を比較すると、食品企業の人権方針には三つの型が見える。第一は、味の素、キリン、明治のように、原材料の産地やバリューチェーン全体を中心に据える型である。農産物や食品原料の調達では、自社が直接雇用していない労働者や、一次取引先より先のサプライヤーで起きる問題をどう把握するかが課題になる。味の素がパーム油、エビ、コーヒー豆、大豆などを国別に調査しているのは、この問題に対する具体的な対応例といえる。
第二は、日清食品、サントリー、ニッポンハムのように、国内外の工場、グループ会社、外国人・移住労働者の職場環境に軸を置く型である。日清食品は、2020年度の人権リスク評価で国内グループ会社の外国人社員の職場環境把握を優先テーマにした。ニッポンハムは、ハラスメント防止ハンドブックを7か国語に翻訳して外国人従業員にも配布している。サントリーは、移民労働者の苦情処理メカニズムとしてJP-MIRAIへの参加を記載し、JP-MIRAIポータルが9言語に対応していることにも触れている。
第三は、ニチレイとUmiosのように、物流、水産、低温流通、漁船労働といった業態固有のリスクを方針に反映させる型である。ニチレイは、サプライチェーンにおける影響のほか、土地の権利、水へのアクセス、健康、先住民の権利を地域社会への影響として挙げる。Umiosは、国内外の移住労働者、漁船労働者、サプライチェーン上流の強制労働・人身取引、救済メカニズムを優先課題に掲げる。水産物の調達では、漁船の操業場所、労働者の国籍、雇用仲介、船上での通報可能性、IUU漁業との関係が重なるため、通常の工場監査だけでは把握しにくい。
人権上の論点は、食品企業が「安全な商品を届ける」だけでは十分ではなくなっている点にある。消費者が手に取る食品の背後には、農園で働く人、漁船で働く人、加工場で働く人、物流倉庫で働く人、店舗や営業現場で働く人がいる。企業が人権方針で児童労働や強制労働を禁止していても、調達先のどこまで確認しているのか、労働者が声を上げられる窓口があるのか、問題が見つかった後に取引停止だけで終わらせず是正に関与するのかによって、方針の実効性は変わる。
救済の記載には差がある。サントリーは、社内外の通報窓口、ビジネスパートナー向けホットライン、JP-MIRAIを使った移民労働者向けの仕組みに触れている。ニチレイは、従業員、ビジネスパートナー、サプライヤーの従業員が通報できる仕組みを方針本文で示す。キリンは、グリーバンスメカニズムと救済へのアクセスを人権方針の項目として置いている。救済は、相談窓口を設けるだけでは完結しない。通報者の保護、言語対応、調査手順、是正措置、再発防止、取引先との役割分担まで書かれているかを確認する必要がある。
読者にとって、この比較は企業評価だけの話ではない。食品企業が人権方針を整備すると、原材料を供給する農業法人、食品加工会社、物流会社、包装資材会社、清掃・警備・派遣などの委託先にも、自己評価票、誓約、監査、是正計画への対応が及ぶ。発注側企業がサプライヤーに一方的な負担を押し付ければ、価格、納期、人員体制の問題を通じて、かえって現場の労働条件を圧迫するおそれもある。人権デュー・ディリジェンスは、書類を集める業務ではなく、発注側と受注側が、どの人権リスクを優先して減らすかを確認する実務である。
今回確認した8社のうち、味の素は原料別の人権影響評価、サントリーはSedexやSMETAを使った工場・サプライチェーンの把握、Umiosは漁船労働者と水産物調達、ニッポンハムは工場労働と外国人従業員への研修、ニチレイは苦情処理メカニズムの明記に特徴がある。食品企業の人権方針を読む際には、商品名や企業イメージではなく、どの原材料、どの労働者、どの取引先、どの救済手続まで対象にしているのかを確認する必要がある。
外務省「『ビジネスと人権』に関する行動計画の改定」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_03165.html
経済産業省「日本政府は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』を策定しました」
URL:https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html
味の素株式会社「人権」
URL:https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/sustainability/initiative/human_rights.html
キリンホールディングス株式会社「Human Rights Policy, Governance, etc.」
URL:https://www.kirinholdings.com/en/sustainability/materiality/human_rights/01/
明治グループ「Human Rights」
URL:https://www.meiji.com/global/sustainability/thriving-communities/human-rights.html
日清食品グループ「Human Rights」
URL:https://www.nissin.com/en_jp/sustainability/social/human-rights/
サントリーグループ「人権の尊重」
URL:https://www.suntory.co.jp/sustainability/soc_human-rights/
日本ハム株式会社「人権の尊重」
URL:https://www.nipponham.co.jp/corporate/sustainability/human/human-rights.html
株式会社ニチレイ「人権方針」
URL:https://www.nichirei.co.jp/corpo/management/humanrightspolicy.html
Umios「事業活動における人権の尊重」
URL:https://www.umios.com/jp/corporate/sustainability/human_rights/
Umios「持続可能なサプライチェーンの構築」
URL:https://www.umios.com/jp/corporate/sustainability/social_value/suppliers/
