1.文部科学省は、過去に大学が発掘・収集したアイヌ民族の遺骨には、本人やアイヌの人々の意向にかかわらず収集されたものが含まれると認め、遺族や地域への返還を進めている。
2.2019年12月には9大学から、個体ごとに特定された1,287体と個体ごとに特定できない287箱が北海道白老町の慰霊施設へ集約された。
3.遺骨返還は研究資料の管理問題ではなく、先住民族の尊厳、精神文化、自己決定、研究倫理をどう回復するかという問題でもある。

9大学から1287体、287箱を白老町へ
文部科学省によると、2019年12月、北海道大学、東北大学、東京大学、新潟大学、京都大学、大阪大学、札幌医科大学、大阪市立大学、東京医科歯科大学の9大学から、個体ごとに特定できたアイヌ民族の遺骨1,287体と、個体ごとに特定できなかった遺骨287箱が、北海道白老町に整備された慰霊施設へ集約された。個人まで特定できた遺骨はこのうち12体だった。
この数字だけでも、日本の大学が長期間にわたって多数のアイヌ遺骨を保管してきたことが分かる。
2017年の再調査段階では、12大学に個体特定できる遺骨1,676体と、個体特定できない382箱が確認されていた。
なぜ大学に人の遺骨があったのか
アイヌ遺骨は、医学、人類学、考古学などの研究対象として大学へ集められてきた。
問題は、その収集が現在の研究倫理や先住民族の権利という基準から見て適切だったかである。
文部科学省自身、大学が保管する遺骨・副葬品について、アイヌの人々の意にかかわらず収集されたものも含まれているとみられると説明している。そのため政府は「アイヌの精神文化の尊重」という立場から、遺族などへ返還できるものは返還し、直ちに返還できないものを国が集約する方針を採った。
ここに、この問題の核心がある。
現在の大学が遺骨を保管しているという事実だけでなく、過去に誰が、どのような権限で墓地などから遺骨を取り出し、誰の同意によって研究対象にしたのかが問われる。
「個人が分かる遺骨」は遺族へ返還
政府は、個人が特定された遺骨について、遺族への返還手続を整備した。
その後、個人まで特定できなくても出土地域を特定できる遺骨について、地域への返還手続も設けた。文部科学省は現在も返還に関する指針や手続を公表している。
これは、遺骨を「大学の所有物」として扱う発想から、元のコミュニティや遺族との関係を回復する方向への転換である。
ただし、数十年から100年以上が経過した資料もあり、誰の遺骨なのか、どの地域から収集されたのかを完全に確定できない場合がある。そのため返還制度には、個人への返還、地域への返還、国の慰霊施設への集約という複数の経路が設けられている。
ウポポイの隣に置かれた慰霊施設
返還先が直ちに決まらない遺骨は、北海道白老町の民族共生象徴空間の区域に整備された慰霊施設へ集約された。
民族共生象徴空間「ウポポイ」は2020年に開業し、国立アイヌ民族博物館などを備える。一方、遺骨の慰霊施設は、文化を展示する博物館とは性格が異なる。
遺骨は文化資料そのものではない。かつて生活していた人の身体であり、アイヌ民族の精神文化、葬送、先祖との関係に関わる。
したがって、展示・研究資料の管理と同じ論理だけでは扱えない。
アイヌ施策推進法は「先住民族」と明記
2019年施行のアイヌ施策推進法は、法律上初めてアイヌ民族を日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であると明記した。
2008年には衆参両院がアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を採択しており、その後の政策転換が遺骨返還の制度整備にもつながった。
この文脈では、遺骨返還を文化財政策の一部としてだけ扱うことはできない。
先住民族に対する過去の政策、研究機関と当事者との力関係、文化・精神性を誰が管理するのかという問題が含まれる。
国連宣言は先住民族の遺骨返還にも言及
2007年に国連総会が採択した「先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)」は、第12条で、先住民族が精神的・宗教的伝統を実践し、その宗教的・文化的場所へアクセスし、人の遺骸の返還を受ける権利を認めている。
国家に対しては、関係する先住民族と協力し、公正で透明性のある有効な仕組みを通じて、儀式用品や遺骸へのアクセス、返還を可能にするよう求めている。
法的拘束力を持つ条約とは性格が異なるが、日本の遺骨返還政策を国際的な先住民族の権利という枠組みから見る際の基準となる。
「研究に役立ったから保管してよい」ではない
大学側から見れば、古人骨は人類学、医学、歴史研究に価値を持つ場合がある。
しかし研究上の価値が存在することと、収集・保管・研究について倫理的正当性があることは別である。
本人やコミュニティの同意なく入手された可能性がある遺骨を、「研究に有用だから」という理由だけで保管し続ければ、研究の自由と先住民族の尊厳との衝突が生じる。
現在の研究倫理では、研究対象者への説明と同意、プライバシー、研究による利益と不利益などを考慮することが一般化している。過去に収集された資料についても、現在の倫理基準からその由来を再検討する必要がある。
返還すれば歴史的責任が終わるわけではない
遺骨を返還したこと自体は制度上の前進である。しかし、返還が終われば問題が解決するわけではない。
どの大学が何体を保管していたのか、どこからどのように収集したのか、どの研究に利用したのか、返還までどの程度の時間を要したのか。こうした記録を残すことは、同じ問題を繰り返さないために必要になる。
返還を希望する地域や遺族への情報提供が十分か、返還手続に過大な立証負担がないか、大学側の研究成果や収集経緯をどこまで公開するかも検証対象となる。
遺骨返還は「過去の問題」で終わらない
アイヌ遺骨返還は、明治期や戦前の研究倫理だけを批判する問題ではない。
2026年現在にも大学、国、アイヌ民族の関係をどう組み直すかという現在進行形の課題である。
文部科学省は、返還可能な遺骨について返還し、それ以外は尊厳ある慰霊ができるよう配慮する方針を現在も掲げている。
今後問われるのは、遺骨を「研究資料」から「人」へ戻す手続をどこまで完了できるか、そして過去の収集の経緯を研究機関自身が検証し、先住民族との関係を将来の研究倫理へどう反映するかである。
文部科学省「大学が保管するアイヌ遺骨の返還について」
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/ainu/
文部科学省「慰霊施設に集約された大学が保管するアイヌの人々の御遺骨の数について」
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/ainu/kakugi-kettei20190906.pdf
文部科学省「大学等におけるアイヌの人々の遺骨の保管状況の再調査結果」
URL:https://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/05/25/1376459_3_2_1.pdf
内閣府「アイヌ政策」
URL:https://www8.cao.go.jp/ainu/
国際連合「United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples」
URL:https://www.un.org/development/desa/indigenouspeoples/declaration-on-the-rights-of-indigenous-peoples.html
アイヌ民族
URL:https://jinken-news.com/glossary/ainu-minzoku/
アイヌ施策推進法
URL:https://jinken-news.com/glossary/ainu-sesaku-suishin-ho/
先住民族の権利に関する国際連合宣言
URL:https://jinken-news.com/glossary/undrip/
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