1.東京高裁は10月7日、埼玉県内の被差別部落を特定するネット記事28件について、全件削除と11万円の賠償を命じたさいたま地裁判決を支持した。
2.判決では、原告が不当な差別を受けず、平穏に生活する人格的な利益の侵害を認定。個人を直接名指ししない地域情報の公開も争点となった。
3.部落差別解消推進法と埼玉県条例には差別情報の削除を直接命じる仕組みがなく、訴訟による救済と表現の自由の調整、被害の継続防止が課題となる。

東京高裁、28件すべての削除を支持
東京高裁第15民事部(林俊之裁判長)は2026年10月7日、被差別部落を特定するウェブ記事の削除などを求めた訴訟の控訴審で、記事28件の削除と11万円の損害賠償を命じた一審判決を支持した。訴訟は埼玉県熊谷市の男性と部落解放同盟埼玉県連合会が、出版社代表の男性を相手に起こしたもの。被告側は、埼玉県内の地域を訪問したとして具体的な地名や写真をウェブサイトに掲載していた。2025年12月17日のさいたま地裁判決は、14市町に関係する28件すべての削除を命じていた。東京高裁も、原告男性が不当な差別を受けずに平穏な生活を送る人格的な利益やプライバシーが侵害されたと判断したと報じられている。
個人の名前がなくても生じる差別の危険
今回の判決で考えるべきなのは、削除対象が原告男性に直接関係する情報だけに限定されなかった点だ。さいたま地裁は、地域情報の掲載が差別意識を増幅させ、差別行為を助長すると評価。被害回復の実効性を確保するため、訴訟で対象とされた28件すべての削除を認めた。インターネットでは、一つの地域情報を手掛かりに別の記事や画像を検索できる。特定の個人名が示されていなくても、居住地や出身地と差別対象となる地域との結び付けが可能になれば、結婚、就職、地域生活などに影響が及ぶ危険がある。判決が問題とした人格的利益は、実際に差別的な取扱いを受けた後の損害だけでなく、差別につながる情報の公開によって平穏な生活が妨げられる問題にも関係する。
「全国部落調査」訴訟との共通点と違い
同じ出版社側をめぐっては、被差別部落の地名などを記載した戦前の報告書「全国部落調査」の復刻出版とネット掲載が争われた訴訟がある。2023年の東京高裁判決は、差別を受けずに平穏に生活する人格的利益を法的保護の対象として認め、出版禁止やサイト上の該当部分の削除、計550万円の損害賠償などを命じた。最高裁第三小法廷が2024年12月4日付で双方の上告を退け、この判決は確定している。
以前の訴訟が全国規模の地名リストや関連情報の公開を問題としたのに対し、今回の埼玉訴訟は、特定地域を訪問して撮影した写真などを伴う個別の記事が対象となった。情報の形式が一覧表から現地紹介の記事へ変わっても、差別を助長する情報の公開が人格的利益を侵害し得るという問題は共通する。ただし、今回の判決については2024年の確定判決と区別し、上訴の有無と判決確定の状況を確認する必要がある。
表現の自由と人格的利益の調整
地域の歴史や社会問題を調査・発信する行為には、日本国憲法第21条が保障する表現の自由が関係する。行政による政策の検証、地域史の研究、差別の実態を明らかにする報道まで、一律に禁止できるわけではない。他方、表現の自由は、他者のプライバシーや人格的利益を侵害する情報公開を無条件に正当化するものでもない。検討すべきなのは、情報を公開する目的と公共性、具体的な内容、公開方法、差別に利用される危険、対象者への影響である。今回の訴訟は、地域に関する情報だから自由に公開できるという理解と、差別に関係する地域情報だから一切公開できないという理解の、いずれとも異なる問題を提起している。
禁止規定があっても削除には訴訟が必要な現状
2016年施行の部落差別解消推進法は、部落差別が現在も存在し、情報化によって状況が変化していることを明記した。埼玉県も2022年7月8日に「埼玉県部落差別の解消の推進に関する条例」を施行し、図書や地図などの公表、インターネットによる情報提供、結婚や就職に際する身元調査などを通じた部落差別を禁止している。しかし、国法・県条例ともに、今回のような投稿に直接削除を命じる罰則付きの制度は設けていない。被害者が民事訴訟を提起すれば、判断を得るまで長い時間を要することもある。法務省は、差別を助長する目的で特定地域を同和地区として指摘する情報について、プロバイダ等への削除要請を行う場合があると説明している。
判決後も残る情報と被害の問題
埼玉県では、第1次訴訟の対象外となった記事についても削除を求める第2次訴訟がさいたま地裁に提起されている。個別の裁判で削除命令が出ても、新たな投稿や転載が続けば、被害者は別の救済手続を検討せざるを得ない。情報が複製されやすいインターネットの特性を考えると、削除命令の履行状況だけでなく、同種情報の再掲載、被害者が相談する際の負担、複数の投稿をまとめて救済できるかも検証対象となる。東京高裁の10月7日判決を受け、埼玉県内の第2次訴訟と法務省の削除要請を含む既存の救済手段が、継続的な情報公開による被害にどう対応できるかが問われる。
朝日新聞「被差別部落めぐる記事、東京高裁も削除命令 『差別受けない利益』認める」
URL:https://www.asahi.com/articles/ASVB72VG1VB7UTIL004M.html
「部落探訪」削除裁判・埼玉訴訟を支援する会「裁判ニュース」
URL:https://bt-sakujyo.com/posts/news_archive.html
千葉日報「被差別部落掲載の違法確定 最高裁、出版社側が敗訴」
URL:https://www.chibanippo.co.jp/newspack/20241206/1311918
法務省「部落差別(同和問題)を解消しましょう」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00127
e-Gov法令検索「部落差別の解消の推進に関する法律」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC1000000109
埼玉県「埼玉県部落差別の解消の推進に関する条例の概要」
URL:https://www.pref.saitama.lg.jp/a0303/douwamondai/jyoureiaramashi2.html

