取引先にも広がる人権方針 中小企業の実務対応を検証

この記事のポイント

1.大企業の人権方針は、サプライヤー行動規範、自己評価票、監査、苦情処理窓口を通じて、取引先の中小企業にも広がっている。
2.トヨタ、パナソニック、イオン、セブン&アイ、ファーストリテイリングなどは、公式資料でサプライチェーン上の人権尊重や取引先への対応を具体的に記載している。
3.中小企業の対応では、形式的な書類整備だけでなく、労務管理、安全衛生、外国人労働者、通報窓口、価格転嫁を含む取引条件まで一体で見る必要がある。

取引先にも広がる人権方針 中小企業の実務対応を検証

ジェトロが2026年3月27日に公表した中堅・中小企業向けの実践事例では、2024年の日本企業本社向け調査として、人権方針を策定している企業の割合は大企業が76.0%、中小企業が32.5%、人権デュー・ディリジェンスを実施している企業の割合は大企業が46.7%、中小企業が11.3%と紹介されている。人権対応は、上場企業や海外展開企業だけの課題ではなく、取引先からの自己評価票、監査、方針確認、通報窓口の整備要請を通じて、中小企業の実務にも入ってきている。

日本政府は2025年12月24日、「ビジネスと人権」に関する行動計画を改定した。経済産業省は2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、2023年4月には、多くの中小企業をはじめ、これまで本格的に人権尊重の取組を行ってこなかった企業が使いやすいよう「実務参照資料」を作成した。同資料は、人権方針の記載項目例、産品別リスク、地域別リスク、作業シートなどを用意している。中小企業庁の2025年版中小企業白書も、同ガイドラインが中小企業を含むすべての企業に対して、人権方針の策定や人権デュー・ディリジェンスの実施などの取組を推奨していると説明している。

本稿では、2026年7月4日時点で公表されている企業公式資料を基に、取引先に人権方針や調達基準を広げる動きを比較した。対象は、トヨタ自動車、パナソニックホールディングス、イオン、セブン&アイ・ホールディングス、ファーストリテイリング、味の素グループ、キリンホールディングスの7社である。比較軸は、①取引先向けの方針・行動規範、②サプライチェーン上流への展開、③監査・自己評価、④救済・通報窓口、⑤取引先側に生じる実務負担の5点とした。

企業名公式資料で確認できる主な記載取引先への波及
トヨタ自動車「仕入先サステナビリティガイドライン」で、サプライヤー各社にも人権尊重を期待していることを明記し、サプライヤーと協力してリスクの監視、対策立案、追跡、改善を行うと説明。自動車部品、素材、物流など広い取引網に、人権方針とリスク管理の考え方が広がる。
パナソニックホールディングス「パナソニック サプライチェーンCSR推進ガイドライン」の順守を購入先に依頼。2024年度は責任ある鉱物調査でCMRTを延べ1,508社、EMRTを延べ1,581社に依頼し、それぞれ1,470社、1,534社から回収したと公表。鉱物、電池、電子部品などで、調査票、リスク分析、追加確認への対応が取引先に及ぶ。
イオンイオンサプライヤーCoCを契約書や監査を通じて確認。2025年6月には農産品サプライヤー向けに、CoCとお取引先さまホットラインのオンライン説明会を行い、106社159名が参加。外部監査、二者監査、一者監査を実施。プライベートブランド、農産品、製造委託先に、監査、是正、通報窓口周知が及ぶ。
セブン&アイ・ホールディングス2025年3月に「お取引先サステナブル行動指針」を改定。取引先に対し、自社の仕入先への周知、重大な人権侵害・法令違反時の報告、是正と救済、再発防止を記載。小売・食品・物流を含む取引先に、一次取引先だけでなく仕入先への展開も促す構成。
ファーストリテイリング生産パートナーコードオブコンダクトを2004年に策定。取引開始前に署名を求め、2023年からユニクロの主要紡績工場にも対象を拡大。署名した生産パートナーには、サプライチェーン上流に規則を展開することを要請。縫製工場だけでなく、生地、紡績、加工など上流工程にも行動規範と監査が及ぶ。
味の素グループ「サプライヤー取引に関するグループポリシー・ガイドライン」で、サプライヤーに求める具体的行動を必須項目と発展項目に分類。サプライヤーホットラインは、一次サプライヤーだけでなくサプライチェーン上のすべての取引先から通報・相談を受け付ける。食品原料、製造委託先、再委託先を含め、方針理解、通報窓口、上流調達の確認が実務になる。
キリンホールディングス「キリングループ持続可能な調達方針」で、国連グローバル・コンパクトの人権、労働、環境、腐敗防止分野を支持し、人権方針に沿ってサプライヤーとともに人権への取組を実施すると記載。紅茶、農産物、包装資材、物流など、食品・飲料の調達先に持続可能な調達の枠組みが及ぶ。

7社を比較すると、取引先への波及には三つの型がある。第一は、トヨタとパナソニックのように、製造業の広いサプライチェーンを対象に、ガイドライン、調査票、リスク分析を組み合わせる型である。自動車、電機、電池、鉱物では、部品や原材料の階層が深く、一次取引先だけでは人権リスクを把握しにくい。このため、調査票、製錬所情報、監査、追加調査などの実務が、複数段階の取引先に広がる。

第二は、イオン、セブン&アイ、ファーストリテイリングのように、商品を供給する取引先に対し、行動規範、監査、是正、通報窓口をセットで運用する型である。イオンは、外部監査、二者監査、一者監査を使い分け、労働者への直接インタビューも行うと説明している。セブン&アイは、取引先に対して、自社の仕入先にも行動指針を周知し、重大な違反が確認された場合は是正と救済を行うよう記載する。ファーストリテイリングは、縫製工場や主要生地工場だけでなく、ユニクロの主要紡績工場にも行動規範を広げている。

第三は、味の素とキリンのように、原材料調達や食品サプライチェーンを中心に、方針と対話を組み合わせる型である。食品企業の場合、取引先は国内工場だけではない。農産物、水産物、包装資材、物流、製造委託、再委託など、事業ごとに関係者が異なる。味の素のサプライヤーホットラインが、一次サプライヤーだけでなくサプライチェーン上のすべての取引先から相談を受け付けるとする点は、食品分野の上流調達を意識した仕組みとして読める。

中小企業にとって最初に必要になるのは、立派な人権方針を作ることではない。自社の事業で、誰の権利に影響し得るかを具体的に洗い出すことである。工場であれば、長時間労働、安全衛生、外国人労働者、派遣・請負、ハラスメント、賃金、労働時間管理が入口になる。食品や農産物であれば、季節労働者、技能実習生、農作業中の安全、原材料の産地、再委託、配送現場を確認する必要がある。ITやサービス業であれば、長時間労働、個人情報、AI利用、顧客対応、カスタマーハラスメントも対象になる。

実務では、取引先から届く自己評価票にそのまま回答する前に、社内の基礎資料を整えておく必要がある。就業規則、賃金台帳、労働時間記録、36協定、安全衛生記録、ハラスメント相談窓口、外国人労働者の雇用書類、派遣・請負契約、再委託先の管理状況などである。これは、人権方針だけの作業ではない。労務、総務、調達、品質管理、営業、経営者が同じ資料を見て、回答内容と実態を一致させる作業である。

ただし、大企業の人権対応が、中小企業への一方的な負担移転になれば、本来の目的から外れる。人権尊重のための監査や是正計画には、担当者の時間、翻訳、研修、設備改善、賃金・労務管理の見直しが伴う。発注側が価格や納期を据え置いたまま、追加的な監査対応や是正措置だけを取引先に求めれば、現場の労働条件を圧迫するおそれがある。公正取引委員会と内閣官房の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、賃上げ原資を含む適切な価格転嫁をサプライチェーン全体で定着させる必要を示している。人権対応も、この取引適正化の論点と切り離せない。

中小企業側にも注意点がある。「大企業から言われたから対応する」という姿勢だけでは、取引先ごとに異なる質問票へ場当たり的に答えることになる。自社の人権リスクを数個に絞り、優先順位をつけ、現に行っている管理策と不足している点を整理すれば、複数の取引先からの要請にも答えやすくなる。例えば、外国人労働者がいる企業なら、雇用契約、賃金控除、住居、相談窓口、母語での説明を確認する。製造現場なら、安全衛生、長時間労働、派遣・請負、再委託を確認する。物流を使う企業なら、荷待ち時間、無理な納期、ドライバーの労働時間も見るべき対象になる。

人権上の論点は、取引先管理を「取引継続の条件」にするだけでは、被害を受ける可能性のある人に届かない点にある。行動規範への署名、自己評価票、監査は入口であって、労働者が相談できる窓口、問題が見つかった後の是正、再発防止、取引条件の見直しがなければ、実効性は限られる。特に中小企業では、人員、資金、専門知識が限られるため、発注側が研修、標準書式、相談窓口、改善期間、費用負担を含めて支援するかどうかが、現場の改善を左右する。

今回確認した7社の資料は、いずれも人権方針が自社内で完結しないことを示している。トヨタは仕入先サステナビリティガイドライン、パナソニックは購入先向けCSR推進ガイドラインと鉱物調査、イオンはサプライヤーCoCと監査、セブン&アイはお取引先サステナブル行動指針、ファーストリテイリングは生産パートナーコードオブコンダクト、味の素はサプライヤー取引ガイドラインとホットライン、キリンは持続可能な調達方針を用いている。中小企業が対応する際には、まず自社の労務・安全衛生・再委託・外国人労働者・相談窓口の現状を確認し、そのうえで取引先との価格、納期、是正期間を協議することが実務の出発点になる。

出典

外務省「『ビジネスと人権』に関する行動計画の改定」
URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_03165.html

経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて」
URL:https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html

経済産業省「日本の取組」
URL:https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/domestic.html

中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第3節 経済安全保障・人権尊重」
URL:https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/chusho/b1_2_3.html

ジェトロ「中堅・中小企業の『ビジネスと人権』への取り組みの実践(日本)」
URL:https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2026/0302/5d8955774a0125b3.html

公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
URL:https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html

中小企業庁「取引適正化、価格交渉・価格転嫁、官公需対策」
URL:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/index.html

トヨタ自動車株式会社「人権の尊重」
URL:https://global.toyota/jp/sustainability/esg/human-rights/

パナソニック ホールディングス株式会社「購入先様へのお願い」
URL:https://holdings.panasonic/jp/corporate/about/procurement/for-suppliers.html

パナソニック ホールディングス株式会社「責任ある調達活動」
URL:https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/social/supply-chain.html

イオン株式会社「イオンサプライヤーCoC(取引行動規範)」
URL:https://www.aeon.info/sustainability/materiality/human-rights/coc/

イオン株式会社「お取引先さまホットライン」
URL:https://www.aeon.info/sustainability/materiality/human-rights/contact/

株式会社セブン&アイ・ホールディングス「お取引先サステナブル行動指針」
URL:https://www.7andi.com/sustainability/suppliers/guide.html

株式会社ファーストリテイリング「Code of Conduct for Production Partners」
URL:https://www.fastretailing.com/eng/sustainability/labor/coc.html

味の素株式会社「サプライヤー取引に関するグループポリシー・ガイドライン」
URL:https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/sustainability/policy/supplier_csr_guidelines.html

味の素株式会社「人権」
URL:https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/sustainability/initiative/human_rights.html

キリンホールディングス株式会社「持続可能な調達の考え方」
URL:https://www.kirinholdings.com/jp/sustainability/materiality/supplychain/csr/

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

人権ニュース編集部をフォローする
ビジネス
シェアする
タイトルとURLをコピーしました