【連載 改定版「ビジネスと人権」行動計画を読む】第8回 障害者・高齢者――インクルーシブな社会と企業の役割

ビジネスと人権

改定版行動計画において、障害者と高齢者はともに「誰一人取り残さない」ための施策推進の中核に位置付けられている。両者に共通するのは、企業活動が雇用だけでなく、商品・サービスの提供、相談対応、情報アクセス、生活支援まで含めて、社会参加の機会そのものに大きく影響するという点である。人権尊重は、単に差別しないという消極的な姿勢にとどまらず、参加を可能にする条件をどこまで整えられるかという積極的な課題に変わっている。

まず障害者について、改定版は、2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、事業者にも合理的配慮の提供が義務付けられたことを踏まえている。ここで重要なのは、合理的配慮が「あれば望ましい配慮」ではなく、企業活動における当然の責務として位置付けられた点だ。情報や物理的なアクセシビリティの不足、採用・昇進における不当な差別、ハラスメント、障害を理由とする不当解雇など、従来から存在してきた人権侵害リスクは、これまで以上に企業の責任として問われることになる。

改定版はさらに、精神障害や発達障害など、外見からは分かりにくい障害への理解不足や合理的配慮の不足が課題だと指摘する。これは、企業の障害者対応が、身体的バリアフリーだけでは足りないことを意味する。組織の中で誰が声を上げにくいのか、どのような配慮が必要かを、企業が固定観念に頼らず把握できるかどうかが問われているのである。改定版が「障害の社会モデル」の理解を含む「心のバリアフリー」を推進しているのも、そのためだ。

また、雇用の側面でも、改定版は、働く意欲のある障害者が適性に応じて能力を十分に発揮できるよう、多様な就業機会の確保と就労支援の担い手の育成を重視している。地域の関係機関が連携した雇用前後の一貫した就業支援、助成金の支給、相談対応実績の公表などが盛り込まれていることからも分かるように、単に雇用率を満たすことだけではなく、就労の継続と質が重視されている。障害者の雇用状況が改善している一方で、本当に問われるのは、雇用の数ではなく、その人が企業の中で尊厳を保って働けているかどうかである。

高齢者についても、改定版の視点は雇用にとどまらない。確かに、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」に基づく65歳までの雇用機会確保義務、70歳までの就業機会確保努力義務、再就職支援やシルバー人材センターなど、高齢者雇用は主要論点である。しかし改定版はそれに加え、独居高齢者の増加や、身寄りのない高齢者への支援、終身サポート事業者ガイドライン、特殊詐欺被害への対策まで取り上げている。つまり、高齢者を巡る企業責任は、雇う側としてだけでなく、サービス提供者、金融・契約の相手方、支援事業者としての責任も含むということである。

この点は、企業活動が高齢者の生活基盤そのものに影響しうることを示している。契約内容の分かりやすさ、情報提供の仕方、デジタルサービスへのアクセス、詐欺対策、終身サポート事業の適正運営などは、高齢者に対する人権尊重と直結する。改定版が「高齢者を含む一般消費者を詐欺被害から守るための施策」を掲げているのは、高齢者保護を福祉の文脈だけでなく、市場取引と消費者保護の文脈でも考えているからである。

障害者と高齢者の両分野を通じて見えてくるのは、企業活動の包摂性が問われているということである。誰でも利用できる商品・サービスか、誰でも働ける職場か、誰でも相談や救済にアクセスできる仕組みか。改定版は、その問いを個人の努力ではなく、制度設計と企業責任の問題として置き直した。今後、障害者や高齢者への対応は、「特別な配慮」から「標準的な企業責務」へと確実に移っていくだろう。次回は、テーマ別人権課題として掲げられたAI・テクノロジーと環境の分野に進み、より新しい人権課題を読み解きたい。

障害者と高齢者の論点に共通するのは、「標準的利用者」や「標準的労働者」を誰と想定しているかが問われる点である。企業はしばしば、多数派に合わせた設計を効率と考える。しかし、その効率は、利用しにくい人、働きにくい人、理解しにくい人を排除することで成立している場合がある。改定版が合理的配慮や高齢者保護を人権の観点から位置付けた意味は、まさにその前提を崩すところにある。これからの企業に求められるのは、例外的な顧客や労働者への対応ではなく、最初から多様な人を想定した設計思想なのではないか。

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