荻野吟子が開いた医師への門戸 1885年から医学部入試差別まで

この記事のポイント

1.荻野吟子は1885年、医術開業試験に合格し、近代の医師資格制度で最初の公許女性医師となった。
2.好寿院卒業後も女性には受験が認められず、1882年から1883年にかけて東京府、埼玉県、内務省への受験願が却下された。
3.2018年の医学部不適切入試と2024年の女性医師比率を重ねると、教育・資格への「入口の平等」という課題が浮かぶ。

荻野吟子のイメージ図

1851年、現在の埼玉県熊谷市俵瀬に生まれた荻野吟子は、1885年3月、医術開業後期試験に合格し、女性として初めて医籍に登録された。しばしば「日本初の女性医師」と紹介されるが、埼玉県は「日本で最初の公認女性医師」、国立国会図書館は「女性として初めて医籍に登録された」と説明している。江戸・明治期には楠本イネのように医療に携わった女性も存在したため、吟子の歴史的な特徴は、近代国家が設けた医師資格制度の下で最初の公許女性医師になった点にある。

吟子が医師を志した契機は、自身が婦人科の治療を受けた経験だった。東京女子師範学校を卒業後、私立医学校・好寿院で3年間学んだが、卒業しても医術開業試験を受ける道は閉ざされていた。お茶の水女子大学の資料によると、1882年から1883年にかけて東京府へ2回、埼玉県へ1回、内務省へ1回の受験願を提出したものの、いずれも却下された。同じ時期には複数の女性が受験を請願している。個人の学力を審査する以前に、性別によって資格取得への入口が閉じられていたのである。

政府が女性の受験を認めたのは1884年6月だった。吟子は同年9月の前期試験に女性で唯一合格し、翌1885年3月の後期試験も通過した。その後、本郷区湯島三組町に荻野医院を開き、診療に加えて東京婦人矯風会や大日本婦人衛生会などでも活動した。ここで吟子の生涯を「強い意志があれば壁を越えられる」という成功物語だけで捉えると、制度上の問題が見えにくくなる。試験を受ける資格自体が性別によって否定されれば、本人の能力を評価する段階にすら到達できないからだ。吟子の経歴は、資格試験の公平性だけでなく、その前段階にある「誰に参加資格を認めるのか」という機会の平等を問いかける。

この問題は明治期だけの歴史ではない。2018年、文部科学省は医学部医学科を置く全大学を対象に入学者選抜を調査した。最終まとめでは、東京医科大学で性別や現役・浪人の別による得点調整が行われ、同省は「女性差別」「年齢差別」ともいえる不適切な取扱いだったと記載した。東京医科大学以外の複数大学でも不適切な事案が確認された。1880年代のように女性の受験そのものを認めない制度と、評価方法の運用によって女性を不利に扱う入試は同一ではない。ただ、教育や資格への入口で、本人の能力とは別に性別が選別要素となるという問題は共通している。

厚生労働省資料によると、2024年時点で全医師に占める女性は24.4%、医学部入学者に占める女性は40.2%だった。1884年に医術開業試験が女性へ開かれてから140年以上を経て、かつてのような制度上の受験排除は存在しない。しかし、医師全体の男女構成にはなお大きな差がある。荻野吟子を人権史から読む意味は、例外的な成功者として顕彰することだけにはない。能力を評価する前の段階で、性別によって教育、資格、職業への選択肢が狭められていないかを検証するための歴史でもある。埼玉県は現在も、その名を冠した「埼玉県荻野吟子賞」により、男女共同参画に関する活動を顕彰している。

出典

埼玉県「荻野吟子について」
URL: https://www.pref.saitama.lg.jp/a0309/danjyo-ginko/oginoginko.html

お茶の水女子大学図書館「荻野吟子」
URL: https://www.lib.ocha.ac.jp/06/ogino_ginko.html

国立国会図書館「近代日本人の肖像 荻野吟子」
URL: https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/43

文部科学省「医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査 最終まとめ」
URL: https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/12/14/1409128_005_1.pdf

厚生労働省「女性医師の年次推移」
URL: https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001692149.pdf

人権ニュース編集部

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