1.山口百恵が1977年に歌った「秋桜」と、さだまさしが1979年7月10日に発売した「関白宣言」は、結婚、家庭、夫婦の役割を異なる立場から描き、昭和後期の家族観を考える材料となる。
2.「関白宣言」が発売された1979年12月には国連で女子差別撤廃条約が採択された。日本の男女雇用機会均等法施行は1986年、男女共同参画社会基本法施行は1999年で、当時は男女の役割をめぐる制度転換の前夜だった。
3.2025年には共働き世帯が1,254万世帯となり、専業主婦世帯358万世帯の3.5倍に達した。家族の実態が変わる一方、家事・育児を女性の役割とみる固定的性別役割分担意識は現在にも残る。

「嫁ぐ娘」と「一家を支える夫」が歌われた時代
1977年、山口百恵が「秋桜」を歌った。作詞・作曲はさだまさし。1979年7月10日には、さだ自身が「関白宣言」をシングルとして発売し、公式プロフィールでも「社会現象になる大ヒット」と記録されている。二つの作品は作風こそ異なるが、いずれも結婚と家族を中心に据えている。
「秋桜」が描くのは、結婚を前に実家を離れる娘と母との時間である。母が娘を送り出し、娘が育ててもらった年月を振り返る物語は、現在まで結婚式でも親しまれてきた。
「関白宣言」では、結婚する男性の語り手が、妻となる女性に家庭生活上のさまざまな希望を並べる。家を守る妻と、外で働き家計を支える夫という役割分担が、誇張やユーモアを伴いながら物語の骨格となっている。
ただし、この二曲を取り上げて「昭和の歌は女性差別的だった」と結論付けるだけでは、歌謡曲と人権を考える記事としては不十分だろう。
歌詞の語り手は作者本人そのものではない。作品には誇張、反語、物語上の人物設定がある。「関白宣言」も、男性が命令を並べるだけの作品ではなく、その後に夫婦の結び付きや、語り手自身の弱さをのぞかせる構成を持つ。作品中の人物像と作者の思想を直接同一視することはできない。
重要なのは、こうした物語が多くの人に理解され、共感や反発を含めて社会現象となった時代背景である。
1979年は女子差別撤廃条約が採択された年でもある
「関白宣言」が発売された1979年は、国際的な女性の権利をめぐる歴史でも節目となった。
同年12月18日、第34回国連総会で「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)」が採択された。日本も採択に賛成し、1980年に署名、1985年6月25日に批准した。
日本では条約批准に向けた国内法整備の一つとして、1985年に男女雇用機会均等法が制定され、1986年4月1日に施行された。当初は募集、採用、配置、昇進などについて女性への均等な機会を事業主の努力義務とする部分もあり、現在の制度と比べれば限定的だった。その後の改正によって性別を理由とする差別禁止が強化されていった。
つまり1979年は、一方では「夫が仕事、妻が家庭」という家族像が大衆文化の中で容易に理解される時代であり、他方では国際社会が性別による役割や差別を制度的に問い直し始めた時代でもあった。
二つは矛盾というより、同じ時代の異なる動きだった。
政府も「男性は仕事、女性は家庭」を「昭和モデル」と表現
内閣府は2023年版男女共同参画白書で、高度経済成長期を中心に形成された長時間労働などの雇用慣行と固定的性別役割分担を取り上げ、「男性は仕事」「女性は家庭」という社会構造を「昭和モデル」と表現した。
同白書は、家族の姿や職業観が変化した以上、性別によって家庭と仕事の役割を固定するのではなく、本人の希望に応じて双方に関われる「令和モデル」へ転換する必要があると説明している。
ここで問題になるのは、専業主婦という生き方そのものではない。家庭を中心に生活することを本人が選択することと、「女性なのだから家庭を担うべきだ」と外部から役割を割り当てられることは違う。
男性についても同じである。「男性なのだから家族を養わなければならない」「仕事を家庭より優先して当然だ」という圧力は、男性の育児参加、介護、転職、休職などの選択を狭める。
固定的性別役割分担意識の人権上の問題は、どちらの役割が正しいかではなく、性別によって本人の選択肢があらかじめ決められてしまうことにある。
共働き1,254万世帯、専業主婦358万世帯
家族の実態は、「関白宣言」が発売された時代から大きく変化した。
令和8年版男女共同参画白書によると、2025年の15~64歳女性の就業率は75.3%。妻が64歳以下の「雇用者の共働き世帯」は1,254万世帯となった。男性雇用者と無業の妻からなる専業主婦世帯は358万世帯で、共働き世帯はその3.5倍に達している。
制度上も、1999年6月23日に男女共同参画社会基本法が施行された。同法は、男女が社会の対等な構成員として、自らの意思で社会のあらゆる分野に参加し、利益と責任を共に担う社会を基本に据えている。
同法が重視しているのは、法律上同じ扱いにすることだけではない。社会の制度や慣行が固定的な性別役割分担を反映し、本人の選択に影響を与えていないかを確認することも基本理念に含まれる。
1970年代の歌謡曲に描かれた家庭像と現在を比較すると、制度上の変化は大きい。
それでも家事・育児の「女性役割」は残る
家族の形が変われば、性別役割分担意識も自動的になくなるわけではない。
2025年版男女共同参画白書が紹介した内閣府調査では、現在住んでいる地域や勤務先で固定的性別役割分担意識が「ある」と感じる割合は、多くの項目で男性より女性が高かった。
女性で最も割合が高かったのは「家事・育児・介護は女性の仕事」で24.9%だった。「職場でのお茶出しや事務などのサポート業務は女性の仕事」といった役割についても男女差が確認されている。
これは、共働き世帯が増えれば家庭内の役割も自動的に半分ずつになるわけではないことを示す。
家事、育児、介護など、賃金が支払われない労働は「アンペイドワーク」と呼ばれる。家庭生活を維持するうえで不可欠な仕事だが、その負担が女性に偏れば、女性の就業時間、所得、昇進、学習、休息などにも影響する。
逆に、男性を「稼ぎ手」として固定すれば、長時間労働から離れにくくなり、育児休業や家庭生活への参加をためらわせる場合がある。固定的性別役割分担は女性だけの問題として考えることもできない。
歌謡曲が性別役割を「作った」とはいえない
ここで因果関係には注意が必要である。
「関白宣言」や「秋桜」がヒットしたから、日本社会に性別役割分担が定着したと説明する根拠はない。歌謡曲は社会制度を直接決めるものではなく、一つの作品から当時の日本人全体の価値観を推定することもできない。
しかし、大衆文化は、その時代の人が理解できる家族像、恋愛観、働き方を物語の材料にする。
男性が一家の経済を支え、女性が家庭を担う。娘が結婚によって親元を離れる。男性には強さや経済力が、女性には家事や献身が期待される。こうした設定が説明なしでも物語として成立したこと自体は、当時の社会的な性別役割を考える手掛かりになる。
そして歌謡曲には、その規範に従う人物だけでなく、そこから外れようとする女性や男性も数多く描かれてきた。歌謡曲を人権から読む作業は、「問題のある昔の歌」を探すことではなく、どのような生き方が普通とされ、どのような生き方が例外として描かれてきたのかを読み取る作業でもある。
昔の歌を消すのではなく、時代と一緒に読む
2026年から「関白宣言」を聴けば、描かれている夫婦像に違和感を覚える人もいるだろう。一方で、夫婦の愛情を誇張した物語として受け取る人や、昭和歌謡として楽しむ人もいる。
そのどれか一つを正解にする必要はない。
文化作品は、制定法や行政文書とは違う。現在の男女共同参画政策と価値観が一致しないからといって、過去の作品を政策文書のように採点すれば、作品が生まれた時代そのものが見えなくなる。
むしろ、「なぜこの夫婦像が1979年には社会現象になるほど広く受け入れられたのか」「現在ではどこに違和感を覚えるのか」を比較する方が、ジェンダーの変化を具体的に理解できる。
1977年の「秋桜」、1979年の「関白宣言」、同じ1979年の女子差別撤廃条約採択、1986年の男女雇用機会均等法施行、1999年の男女共同参画社会基本法施行、そして2025年の共働き世帯1,254万世帯。
歌と制度を時系列で並べると、「男性らしさ」「女性らしさ」「夫らしさ」「妻らしさ」が不変のものではなく、社会とともに変わってきたことが見えてくる。昭和歌謡は、その変化を確かめるための文化的な記録としても読むことができる。
さだまさしオフィシャルサイト「関白宣言」
https://masasingtown.com/discography/7542/
さだまさしオフィシャルサイト「PROFILE」
https://masasingtown.com/profile/
内閣府男女共同参画局「女子差別撤廃条約について」
https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/kjoyaku2.html
厚生労働省「女性活躍推進って何のこと?」
https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/study/roudousya_joseisuishin.html
内閣府男女共同参画局「令和5年版男女共同参画白書 新たな生活様式・働き方を全ての人の活躍につなげるために」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/html/honpen/b1_s00_00.html
内閣府男女共同参画局「令和8年版男女共同参画白書 第1節 人生100年時代における生活や社会構造の変化」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r08/zentai/html/honpen/b1_s00_01.html
内閣府男女共同参画局「令和7年版男女共同参画白書」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r07/zentai/

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