1.日本国憲法は、世界人権宣言よりも早く、人権保障を体系的に明文化した憲法である。
2.世界人権宣言が掲げた自由権、平等権、社会権の多くは、日本国憲法にもすでに盛り込まれていた。
3.自民党の憲法改正案についても、現在の主要提案は基本的人権の尊重を否定するものではなく、現行憲法の基本原理を維持するとの立場を示している。
日本国憲法は世界人権宣言に先行していた
日本国憲法は、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された。第三章には「国民の権利及び義務」が置かれ、第11条は「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」と定めている。さらに第13条は個人の尊重、生命・自由・幸福追求に対する権利、第14条は法の下の平等を規定している。
一方、世界人権宣言は、1948年12月10日、国連総会で採択された。国連は、同宣言について、すべての人に普遍的に保障されるべき基本的人権を初めて包括的に示した文書と説明している。
この時系列は重要である。日本国憲法は、世界人権宣言に影響を受けて人権規定を整えたのではない。むしろ、第二次世界大戦後の国際社会が人権保障を共通原理として打ち出していく流れの中で、世界人権宣言に先んじて、国内憲法として人権保障を明文化していたのである。
世界人権宣言の歴史
世界人権宣言は、第二次世界大戦の惨禍を背景に生まれた。戦争、虐殺、迫害、差別への反省から、国際社会は、国家の内部問題として扱われてきた人権を、国際社会全体の共通課題として捉えるようになった。
国連によれば、世界人権宣言の起草には、エレノア・ルーズベルトをはじめ、ルネ・カサン、張彭春、チャールズ・マリクらが関わった。異なる文化、宗教、政治体制を背景とする国々の間で、人間の尊厳を基礎とする共通基準を作ろうとした点に、世界人権宣言の歴史的意義がある。
世界人権宣言は条約ではなく、それ自体が各国を直接法的に拘束するものではない。しかし、その後の国際人権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、障害者権利条約など、国際人権法の発展に大きな影響を与えた。
日本国憲法の歴史と人権規定
日本国憲法は、大日本帝国憲法を改正する形で成立した。国立国会図書館の資料によれば、GHQ草案は1946年2月13日に日本政府に提示され、日本政府は同月、これに沿った新たな憲法草案を起草することを決定した。その後、帝国議会での審議を経て、1946年11月3日に公布、1947年5月3日に施行された。
日本国憲法の特徴は、単に国の統治機構を定めるだけでなく、基本的人権を憲法の中心原理に据えた点にある。思想・良心の自由、信教の自由、表現の自由、学問の自由、居住・移転・職業選択の自由、婚姻の自由と両性の平等、生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、労働基本権、財産権、適正手続、裁判を受ける権利など、多岐にわたる権利が明文化されている。
特に、第25条の生存権、第26条の教育を受ける権利、第27条の勤労の権利、第28条の労働基本権は、社会権を憲法上の権利として位置付けたものであり、自由権中心の古典的な憲法に比べても、戦後型憲法としての性格が強い。
日本国憲法は世界人権宣言をどの程度カバーしているか
日本国憲法と世界人権宣言は、性格が異なる。日本国憲法は国内法の最高法規であり、国家権力を拘束する法規範である。これに対し、世界人権宣言は、国際社会が共有すべき人権の「共通基準」として採択された宣言である。
そのため、単純に「何%を網羅している」と数値化することはできない。しかし、内容面で見ると、日本国憲法は世界人権宣言が掲げる主要な人権の相当部分をすでに含んでいた。
たとえば、世界人権宣言が掲げる人間の尊厳、自由、平等は、日本国憲法第11条、第13条、第14条に対応する。思想・良心、信教、表現、集会・結社の自由は、日本国憲法第19条から第21条に規定されている。婚姻と家庭に関する権利は第24条、財産権は第29条、裁判や刑事手続に関する権利は第31条から第40条に置かれている。
また、世界人権宣言が重視する社会保障、労働、教育に関する権利についても、日本国憲法は第25条から第28条に規定を置いている。これは、日本国憲法が、自由権だけでなく、生活、教育、労働といった社会権を憲法上の権利として明記していることを示している。
一方で、世界人権宣言に明示されている「迫害を免れるため他国に避難する権利」や「国籍をもつ権利」などは、日本国憲法に同じ形で直接規定されているわけではない。世界人権宣言は「すべて人」を対象とする国際的な宣言であり、日本国憲法は主として日本の国家権力と国民との関係を定める国内憲法であるため、この違いは当然に生じる。
それでも、総合的に見れば、日本国憲法は、世界人権宣言が後に国際社会へ示した人権理念と高い共通性を持つ。しかも、その成立時期は世界人権宣言より早い。ここに、戦後日本の憲法秩序が、国際人権の潮流と歩調を合わせるだけでなく、かなり早い段階で包括的な人権保障を採用していたことが分かる。
自民党の改憲案と人権保障
憲法改正をめぐっては、「人権保障が弱められるのではないか」という懸念が示されることがある。ただし、自民党が現在前面に出している憲法改正の主要提案は、自衛隊の明記、緊急事態対応、参議院の合区解消、教育環境の充実の4項目であり、同党は「日本国憲法の3原則は変えません」として、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を維持する立場を示している。
また、自民党の2012年「日本国憲法改正草案」についても、同党はQ&Aで、立憲主義を否定するものではなく、人権を保障するために権力を制限する考え方を否定しないと説明している。
もちろん、2012年草案をめぐっては、「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」とする表現などについて、法曹界や研究者から批判的な見解も示されてきた。したがって、改憲論議では、条文の文言がどのように解釈され、実際の権利保障にどのような影響を与えるのかを慎重に見る必要がある。
ただし、少なくとも自民党が現在掲げる主要な改憲項目や公式説明を見る限り、基本的人権の尊重そのものを否定する改憲案として位置付けるのは正確ではない。むしろ論点は、人権保障を維持したまま、緊急事態、教育、国会制度、安全保障などの規定をどのように現代化するかにある。
人権保障は「戦後の輸入品」だけではない
日本国憲法の人権規定は、占領期の影響を受けて成立したことは否定できない。しかし、それだけで評価するのは一面的である。
重要なのは、世界人権宣言が採択される前に、日本国憲法がすでに基本的人権の尊重を明文化し、自由権、平等権、社会権、刑事手続上の権利を体系的に定めていたことである。これは、戦後日本が、国際社会の人権秩序と極めて近い方向へ早い段階で踏み出していたことを意味する。
憲法改正をめぐる議論でも、この点を出発点にする必要がある。日本国憲法の人権保障は、単なる政治的スローガンではなく、戦後日本の国家秩序を支える基本原理である。改正の是非を論じる場合も、人権保障を損なうかどうかという抽象的な不安だけでなく、現行憲法が何を守ってきたのか、改正案が何を変え、何を維持しようとしているのかを、条文に即して冷静に検討することが求められる。
・e-Gov法令検索「日本国憲法」
https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION
・国立国会図書館「日本国憲法の誕生|年表」
https://www.ndl.go.jp/constitution/etc/history.html
・国立国会図書館「日本国憲法の誕生|概説 第5章 憲法の施行」
https://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/05gaisetsu.html
・国立公文書館デジタルアーカイブ「日本国憲法」
https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000003
・外務省「世界人権宣言(仮訳文)」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html
・外務省「Universal Declaration of Human Rights」
https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html
・国連広報センター「世界人権宣言テキスト」
https://www.unic.or.jp/activities/humanrights/document/bill_of_rights/universal_declaration/
・国際連合「Universal Declaration of Human Rights」
https://www.un.org/en/about-us/universal-declaration-of-human-rights
・国際連合「History of the Declaration」
https://www.un.org/en/about-us/udhr/history-of-the-declaration
・国際連合「Drafters of the Declaration」
https://www.un.org/en/about-us/udhr/drafters-of-the-declaration
・自由民主党「憲法改正を目指す」
https://www.jimin.jp/policy/promise6/
・自由民主党「憲法改正等|政策BANK」
https://www.jimin.jp/policy/seisaku_bank/27.html
・自由民主党憲法改正実現本部「憲法改正に関する議論の状況について(条文イメージ・たたき台素案)」
https://www.jimin.jp/constitution/document/discussion/
・自由民主党憲法改正実現本部「日本国憲法改正草案」
https://www.jimin.jp/constitution/document/draft/
・自由民主党「日本国憲法改正草案Q&A(増補版)」
https://storage.jimin.jp/pdf/pamphlet/kenpou_qa.pdf
・日本弁護士連合会「憲法改正の何が問題なの?」
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/constitution_issue/matter.html

