【連載 改定版「ビジネスと人権」行動計画を読む】第4回 サプライチェーン全体で人権を見るとはどういうことか――自社の外側まで広がる企業責任

ビジネスと人権

前回、人権デュー・ディリジェンスとは、企業が人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、実効性を評価し、説明・情報開示まで行う一連の仕組みだと整理した。では、その対象はどこまで広がるのか。改定版行動計画が明確に示しているのは、人権尊重の取組は自社の内部だけでは完結しないということだ。第2章の最初に掲げられた優先分野が、単に「人権デュー・ディリジェンス」ではなく、「人権デュー・ディリジェンス及びサプライチェーン」とされているのは、そのためである。

そもそも改定版は、サプライチェーンを、自社の製品やサービスの原材料、資源、設備、ソフトウェアの調達・確保に関係する「上流」と、販売、消費、廃棄に関係する「下流」を含むものとして捉えている。つまり、人権リスクは工場や事業所の中だけにあるのではなく、仕入先、委託先、物流、販売先、さらには製品やサービスの利用・廃棄の過程にまで及び得る。改定版が視野を広く取るのは、現代の企業活動が複数の地域、複数の主体、複数の工程をまたいで成り立っている以上、人権への負の影響もまたその広がりのなかで発生するからである。

実際、改定版は、自社・自社グループのみならず、取引先の職場における安全衛生、過重労働、ハラスメント、差別などを重要な人権リスクとして挙げている。これは、企業が「自分の会社では問題は起きていない」と言うだけでは十分でないことを意味する。自社の利益や事業継続が、取引先や委託先の労働条件の上に成り立っているなら、その現場で起きている問題もまた、自社と無関係ではいられないということだ。人権尊重の責任は、企業の境界線に沿ってきれいに区切れるものではない。

この点で改定版が強調するのは、サプライチェーン全体での人権尊重は、倫理的な配慮であると同時に、現実の事業リスクへの対応でもあるということである。海外で事業を展開する日本企業や、海外と取引のある企業の間では、欧米諸国で進む人権デュー・ディリジェンスや情報開示の義務化への対応が急がれており、人権尊重の取組が不十分な場合には、取引停止や投資候補先からの除外もあり得ると改定版は記す。つまり、サプライチェーンの問題は、遠い現場の話ではなく、自社の取引継続、資金調達、企業価値そのものに跳ね返ってくる課題なのである。

もっとも、ここで重要なのは、サプライチェーンを見ることが、取引先への一方的な監督や管理を意味しない点である。改定版第3章は、サプライヤー等に人権尊重の取組を要請するに当たっては、十分な情報・意見交換を行い、その理解や納得を得られるよう努め、共に協力して取り組むことが重要だと明記している。これは、発注元が一方的に基準を押し付け、守れなければ切るという発想とは異なる。現実には、人権問題の背景には、価格競争、短納期、多重下請構造、人手不足、地域の法制度や慣行など、個社の努力だけでは解けない構造がある。だからこそ、意味のあるエンゲージメント、すなわち対話と協働が必要になる。

改定版が掲げる具体的方向性にも、その考え方は表れている。政府は、サプライチェーン上における企業の人権尊重を促進する情報提供や支援策について、マルチステークホルダーとの対話を継続するとしているほか、諸外国との対話・連携、経済連携協定や投資協定の締結・履行、ディーセント・ワークの実現、中小企業等の取引条件・取引慣行の改善まで射程に入れている。ここから見えてくるのは、サプライチェーンの人権問題は、単なる個別企業の管理技術ではなく、通商、労働、取引慣行、開発協力をまたぐ政策課題として扱われているということである。

さらに改定版は、武力紛争が生じている地域や、深刻な暴力や危害が広がる地域において事業活動を行う場合には、通常より高いリスクに応じた「強化された人権デュー・ディリジェンス」が求められるとする。そうした地域では、通常どおり企業活動を行っているつもりでも、結果として紛争や重大な人権侵害に加担してしまう可能性が高いからだ。加えて、撤退する際にも特別な配慮が必要だとされる。これは、サプライチェーンを見るということが、単に監査項目を増やすことではなく、事業環境そのものに応じて人権リスクの見方を変えることを意味している。

このように見ると、サプライチェーン全体で人権を見るとは、企業責任の範囲を無制限に広げることではない。むしろ、自社の事業がどのような関係の網の目の上に成り立っているのかを直視し、その網の目のどこで深刻な負の影響が生じやすいのかを見極めることだといえる。改定版が企業に求めているのは、全てを支配することではなく、無関心でいることをやめることである。そして、その視野の広がりが、これからの企業経営における基本条件になりつつある。次回は、「誰一人取り残さない」という優先分野の最初の柱であるジェンダー平等から、職場と企業活動における人権課題を考えたい。

日本企業にとってサプライチェーン全体を見ることが難しいのは、単に取引先が多いからではない。むしろ、日本型の商慣行が、長年「品質」「価格」「納期」の最適化を優先してきた一方で、その条件が現場の労働や人権にどうしわ寄せされるかを十分に可視化してこなかったことにある。改定版が中小企業の取引条件・取引慣行の改善まで盛り込んだのは偶然ではない。人権問題は、個々の取引先のモラルの問題というより、発注構造そのものが生み出す面が大きいからだ。今後、本当に問われるのは、企業がサプライヤーに「守れ」と言うことではなく、自社の発注や契約のあり方が人権尊重を可能にしているかどうかである。

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