三重県庁でハンセン病問題展 隔離政策と差別解消の歩み紹介

この記事のポイント

1.三重県庁で6月22日から26日まで、ハンセン病問題の歴史と差別解消の取組を紹介するパネル展を開く。
2.日本では治療法が確立した後も隔離政策が続き、「らい予防法」の廃止は1996年まで遅れた。
3.病気への誤解だけでなく、法律、行政、地域社会が差別を広げた経緯を学ぶ展示となる。

三重県のイメージ図

三重県は2026年6月22日から26日まで、津市広明町の三重県庁行政棟1階西側にある県民ホールで、「ハンセン病問題の歴史と取組に関するパネル展」を開く。各日の開催時間は午前8時30分から午後5時15分まで。県医療保健部医務・国保課が、ハンセン病をめぐる歴史的経緯と差別解消の取組をパネルで紹介する。県が開催を公表したのは6月16日で、問い合わせは同課医務班が受け付ける。

初日の6月22日は、「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」に定められている。2001年6月22日に「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が施行されたことに基づく日で、厚生労働省も同日、東京都千代田区の中央合同庁舎第5号館で追悼式典を行う。式典では追悼の碑前での献花、黙祷、式辞などを予定しており、三重県の展示も国と自治体が同じ時期に進める名誉回復・啓発の取組に当たる。

ハンセン病は「らい菌」による感染症だが、厚生労働省は、現代では感染することも発病することもほぼないと説明している。にもかかわらず、日本では1907年の法律を起点に隔離政策が始まり、1931年には本人の意思にかかわらない強制隔離へ拡大した。治療薬の普及後も1953年の「らい予防法」により隔離が続き、廃止は1996年だった。治る病気となった後も、患者や回復者が故郷や家族のもとへ戻れない状態が長期間残された。

国立ハンセン病資料館は、ハンセン病問題を、誤った国の対策によって患者、回復者、家族の権利が侵害され、偏見と差別にさらされた問題と説明する。行政と地域社会が関わった「無癩県運動」では、患者の発見と隔離が進められ、患者が出た家族も結婚、就職、地域生活で排除を受けた。1998年には回復者が国家賠償を求めて提訴し、熊本地方裁判所は2001年5月11日、隔離政策による国の責任を認めた。国は控訴せず、判決は確定した。病気の感染力や治療法だけを伝えても、差別がどのように制度化され、周囲へ広がったのかという核心は残る。

三重県のパネル展が扱う「歴史と取組」は、医学的な誤解の訂正と、隔離を支えた法律・行政・地域社会の検証を分けずに示す必要がある。県民が現在の差別解消を考える材料とするには、過去の出来事だけでなく、元患者や家族の名誉回復がなお続く課題であることまで伝わる構成が欠かせない。三重県医療保健部医務・国保課が6月22日から26日まで県民ホールで示すパネルの内容が、その理解の範囲を具体的に決める。

出典

三重県「ハンセン病問題の歴史と取組に関するパネル展を開催します」
URL:https://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/m0015300053.htm

厚生労働省「ハンセン病に関する情報ページ」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/hansen/index.html

厚生労働省「『らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日』式典の開催について」
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_73332.html

国立ハンセン病資料館「ハンセン病問題について」
URL:https://www.nhdm.jp/about/issue/

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

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