【独自調査】差別投稿への行政措置に3類型 大阪24件認定、川崎罰則は未発動

この記事のポイント

1.大阪市は2026年3月末までに70件の処理を終え、24件をヘイトスピーチと認定した。ただし、半数は認定時点ですでに閲覧できない状態だった。
2.川崎市は公共の場所で繰り返される一定の差別的言動に50万円以下の罰金を設けたが、市が2024年12月に公表した施行5年時点では勧告、命令、告発の実績はなかった。
3.鳥取県は2026年1月、ネット上の権利侵害情報について発信者への削除命令と5万円以下の過料を導入した。ヘイトスピーチに限定しない点で、大阪市、川崎市とは制度の対象が異なる。

ヘイトスピーチ

24件を認定、削除要請に進んだのは10件

大阪市は2026年3月24日、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」に基づき、インターネット上の二つの案件をヘイトスピーチと認定し、市の認識と拡散防止措置を公表した。公表文は原則1年間、市のウェブサイトに掲載される。

人権ニュース編集部は、大阪市、川崎市、鳥取県が2026年7月26日までに公表した条例、運用資料、処理実績を確認した。三つの制度は、いずれも行政が差別的表現や権利侵害情報へ対応する仕組みだが、対象、判断手続、削除措置、行為者への制裁は同一ではない。

大阪市の集計を編集部が合算すると、条例の運用を始めた2016年7月から2026年3月末までの新規取扱件数は75件だった。70件の処理を終え、24件をヘイトスピーチと認定し、5件が継続案件として残った。2025年度に処理を終えた12件では、3件を認定、7件を非該当とし、1件は条例の対象外、1件は該当性を判断せず終了している。

認定後の措置を合算すると、24件のうち、プロバイダーなどへの削除要請に進んだのは10件だった。12件は認定時点で動画や投稿を閲覧できなくなっており、残る2件は過去に配布された印刷物だったため、拡散防止措置を実施していない。条例による認定は差別的表現に対する公的評価を記録する機能を持つが、投稿が残っている段階で削除につなげられた案件は全体の半数に満たない。

国の法律には禁止規定も罰則もない

2016年施行のヘイトスピーチ解消法は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消を目的に、基本理念、国と地方公共団体の責務、相談体制、教育、啓発について定めた。個別の差別的言動を直接禁止する規定や、違反者に刑罰を科す規定は置いていない。

このため、地方自治体は国法の枠内で異なる制度を設計してきた。大阪市は「認定・拡散防止・公表」、川崎市は公共の場所における一定の言動への「勧告・命令・刑罰」、鳥取県はネット上の権利侵害情報への「削除要請・命令・過料」を採用した。

三つを単純に「厳しい順」に並べることはできない。大阪市と川崎市は人種、民族、国や地域の出身を理由とする差別的表現を中心に扱う。鳥取県の制度は、個人に対する誹謗中傷、差別、プライバシー侵害など、県の人権相談窓口に寄せられたインターネット上の権利侵害を広く対象とする。

大阪市は「認定・公表型」、処罰は行わない

大阪市条例は、人種または民族に関する属性を理由に、社会からの排除や権利制限を目的とし、憎悪や差別意識、暴力をあおる表現活動などをヘイトスピーチとして定義する。インターネット投稿、街宣活動、動画、印刷物も対象になり得る。

大阪市内に居住、勤務、通学する人や、それらの人で構成する団体は、自らに関係する表現活動について審査を申し出ることができる。それ以外の人も情報提供は可能で、市長は申出がなくても職権で案件を取り扱える。2025年度の新規案件5件は、申出2件、職権3件だった。

市長は、学識経験者で構成する大阪市ヘイトスピーチ審査会へ諮問し、答申を受けて該当性を判断する。認定した場合は、投稿の削除要請など必要な拡散防止措置を講じ、市の認識、表現活動の概要、措置内容を公表する。行為者を特定できる場合は氏名や名称も公表対象となるが、公表前には本人へ意見と証拠を提出する機会を与える。審査会の会議は非公開で、答申概要は公表される。

条例には、勧告、命令、罰金、過料の規定はない。削除要請にも裁判所の命令と同じ強制力はなく、サイト運営者が応じるかどうかは別の判断となる。

大阪市条例をめぐっては、表現の自由を保障する憲法21条1項に反するかが争われた。最高裁第三小法廷は2022年2月15日、条例第2条と第5条から第10条を対象とした訴訟で上告を全員一致で棄却した。

認定が遅ければ投稿はすでに消えている

大阪市の実績では、認定時に投稿を閲覧できなくなっていた案件が12件に上る。投稿者やサイト運営者が自主的に削除した場合だけでなく、アカウントの凍結、サービスの終了、別の理由による非公開化も含まれ得るため、条例による効果だけで消えたとは判断できない。

投稿が消えた後の認定にも意味はある。同種の表現が別のサイトへ転載された場合の判断資料となり、被害を受けた人に対して、市が差別的表現であると認識した事実を示せるからである。

ただし、被害の拡大を止めるには時間が影響する。投稿が拡散する速度に対し、資料収集、当事者への通知、意見提出、審査会での調査審議、市長判断、拡散防止措置という手順は長期化しやすい。大阪市は2026年6月22日にも二つの案件について審査会答申を受けたが、7月26日時点の認識等公表ページには、同年3月24日の2件が掲載されている。

判断の慎重さは表現の自由を守るために欠かせない。被害拡大を防ぐ処理速度との両立には、緊急の証拠保存、プラットフォームの規約に基づく先行申出、条例上の最終判断を分ける方法が考えられる。

川崎市は公共空間に段階的な刑罰

川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例は、市内の道路、公園、広場などの公共の場所で、拡声機、プラカード、ビラなどを用いて行う一定の差別的言動を禁止する。

禁止対象は、本邦外出身者を地域社会から排除すること、生命・身体・自由・名誉・財産に危害を加えることをあおること、人以外のものに例えて著しく侮辱することなどである。一般にヘイトスピーチと呼ばれる表現をすべて処罰するのではなく、方法、場所、内容を限定している。

違反行為を確認した場合、市長は川崎市差別防止対策等審査会の意見を聴いて勧告する。勧告に従わず、同じ理由による言動を繰り返す明らかなおそれがある場合は、地域を定め、6カ月間、同種の言動を行わないよう命じることができる。

命令に違反すると、氏名、住所、命令内容の公表対象となる。市が刑事告発し、刑事手続を経て有罪となれば、50万円以下の罰金が科される。行政がその場で50万円を徴収する仕組みではない。

罰則は未発動、ネット上では25本を公表

川崎市が条例制定5年に当たる2024年12月12日にまとめた資料では、道路、公園、広場などで条例の要件に該当する言動を確認しておらず、勧告、命令、氏名等の公表、罰則適用に向けた告発は行っていなかった。市は同時に、条例の刑罰対象が一般にヘイトスピーチと呼ばれる言動の一部に限られ、あらゆる差別的言動が市内からなくなったことを意味しないと説明している。

2024年12月以降の公共空間における適用状況を一括して示す更新資料は、編集部が2026年7月26日までに確認した市公式サイトでは見つからなかった。

ネット上の表現には50万円以下の罰金を適用せず、別の手続を使う。市民などに向けられた投稿が不当な差別的言動に当たると判断した場合、サイト運営者への削除要請など拡散防止措置を行い、その内容を公表する。

編集部が川崎市の公表ページを数えたところ、2020年10月22日から2026年2月9日までに25本の公表文が掲載されていた。2026年2月の事案では、特定の市民らに国外への退去を迫る趣旨を含む11の投稿を認定し、ライブドアブログを運営する株式会社ライブドアへ2月5日に削除を要請し、4日後の2月9日に公表した。

川崎市の運用実績は、罰則規定の有無と、実際に多用される行政手段が一致しないことを示す。公共空間を対象とする刑罰規定は発動せず、実務の中心はネット投稿への削除要請と公表になっている。

鳥取県はヘイトスピーチに限らず削除を命令

鳥取県は2026年1月25日、改正した鳥取県人権尊重の社会づくり条例を施行した。県は17人で構成する「インターネット人権安心サポートチーム」を設置し、このうち2人を専任職員とした。対象は、県の人権相談窓口に寄せられたインターネット上の権利侵害事案である。

相談者本人に関する侵害情報について、県は発信者情報開示請求やサイト運営者への削除申出を支援する。本人は知事に対し、サービス提供事業者または発信者へ削除を要請するよう求めることもできる。

知事が権利侵害を認め、サイト運営者が削除していない場合は、鳥取県人権尊重の社会づくり協議会の意見を聴き、運営者または発信者へ理由と期限を示して削除を要請する。

要請に従わない場合に削除を命令できる相手は、サイト運営者ではなく発信者である。発信者が正当な理由なく命令に従わないときは、氏名や名称、アカウント名などと命令内容を公表し、5万円以下の過料を科すことができる。

この制度は、外国人や民族集団へのヘイトスピーチだけを対象としない。個人への誹謗中傷、プライバシー侵害、差別情報など、相談者本人の権利を不当に侵害するネット情報を対象とするため、大阪市や川崎市より対象範囲が広い。

川崎市の「罰金」と鳥取県の「過料」は別制度

川崎市の50万円以下の罰金は刑事罰である。命令違反について市が告発し、検察官による起訴と裁判所の判断を経て科される。

鳥取県の5万円以下の過料は、刑事罰ではない行政上の金銭的制裁である。県の手続によって科されるが、その前に発信者へ弁明の機会を与える。県は削除要請、命令に先立って協議会の意見を聴き、前年度の実施状況を公表する運用方針を示している。

制度の名称だけを見れば、川崎市の罰金の方が重い。しかし、公共の場所における限定された言動を繰り返した場合にのみ適用される。鳥取県の過料は金額が低いものの、相談者本人へのネット上の権利侵害を対象に、削除命令へ進める。

鳥取県条例の実務上の論点は、命令を受ける発信者を特定できるかである。匿名アカウントや国外の発信者については、発信者情報開示や送達、命令執行に時間を要する可能性がある。これは条例文から導かれる制度上の課題であり、実際の運用結果を待って検証する必要がある。

施行から約6カ月となる2026年7月26日時点で、県公式サイト上では、削除命令、氏名等の公表、過料の適用件数をまとめた実績資料を確認できなかった。県は前年度の実施状況を公表する方針を示しており、最初の年次資料が制度の実効性を判断する基礎となる。

強い制裁より、早く被害を止められるか

三つの制度を比較すると、最も強い制裁規定を持つ制度が、最も多く使われているわけではない。

大阪市は刑罰を設けず、第三者審査を経た認定と公表を中心とする。川崎市は公共空間で繰り返される行為に刑罰を用意したが、施行5年時点で発動実績はなく、ネット上では削除要請と公表を重ねてきた。鳥取県は発信者への削除命令と過料を導入したが、運用結果はまだ示されていない。

被害を受けた人にとっては、条例の制裁上限だけでなく、投稿がいつ削除されたか、転載が止まったか、発信者との接触が断たれたかが直接的な問題となる。認定や公表が数年後になれば、行政記録としての価値は残っても、当初の被害拡散を止める機能は弱まる。

行政が公表すべきなのは、認定件数だけではない。少なくとも次の五つを案件ごとに追跡する必要がある。

1.申出または行政が投稿を把握した日

2.証拠を保存し、サイト運営者へ削除を申し出た日

3.サイト運営者の回答日と、削除を確認した日

4.審査会や協議会の答申日、行政による認定・命令・公表日

5.転載、再投稿、同一発信者による反復の有無

公表そのものが被害を広げない設計

認定結果の公表は、行政の判断を透明にし、同種の表現への基準を示す。その反面、差別的な文言を公表文に詳しく再掲すると、被害者が再び目にすることになり、検索や転載を通じて表現を拡散させるおそれもある。

川崎市の公表文は、認定した11の投稿の趣旨を個別に示している。大阪市も、認定対象となった表現の概要を公表する。判断理由の検証に必要な情報と、差別表現の不必要な再生産を分けなければならない。

氏名やアカウント名の公表も同様である。発信者の責任を明らかにする効果がある一方、被害者との関係や対象地域が推測される場合がある。大阪市、川崎市、鳥取県はいずれも、審査会や協議会の意見聴取、本人の意見・弁明の機会を制度に組み込んでいる。処理速度だけを優先せず、理由を示した判断を残すことが、表現の自由と被害者保護の双方に関わる。

3自治体の次回公表で検証すべき数字

大阪市は、2026年3月末までに削除要請へ進んだ10件について、運営者が応じた件数、削除までの日数、別サイトへの転載状況を示せば、24件の認定が拡散防止へどう結び付いたかを検証できる。

川崎市は、2024年12月以降の公共空間における条例適用状況を更新するとともに、2020年10月以降の25本のネット公表について、削除確認数と再投稿数をまとめる必要がある。

鳥取県は、2026年1月25日の施行後に受けた相談件数、削除要請数、事業者と発信者の応答、命令、公表、過料の内訳を最初の年次報告で示すことになる。大阪市の24件、川崎市の25本、鳥取県の初年度実績を同じ「認定数」で比べるのではなく、投稿把握から削除確認までの時間と結果を突き合わせることで、三つの制度が被害をどこまで止めたかを判断できる。

出典

e-Gov法令検索「ヘイトスピーチ解消法」 URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC0100000068
大阪市「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例の運用について」 URL:https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000339043.html
大阪市「条例にかかる案件の取扱状況(2026年3月31日時点)」 URL:https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/cmsfiles/contents/0000339/339043/kensuukyo_080331.pdf
大阪市「大阪市ヘイトスピーチ審査会」 URL:https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000366957.html
最高裁判所「公金支出無効確認等請求事件・令和3年(行ツ)第54号」 URL:https://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/watanabe_04/index.html
川崎市「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」 URL:https://www.city.kawasaki.jp/250/cmsfiles/contents/0000149/149714/jyourei1.pdf
川崎市「STOP!不当な差別―条例制定から5年」 URL:https://www.city.kawasaki.jp/250/page/0000171889.html
川崎市「インターネット表現活動に関する公表」 URL:https://www.city.kawasaki.jp/250/page/0000121883.html
鳥取県「鳥取県人権尊重の社会づくり条例」 URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/92911.htm
鳥取県「改正人権尊重の社会づくり条例の運用体制」 URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1414303/260114kaiken2.pdf

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

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