「放送禁止歌」は誰が決めたのか 要注意歌謡曲制度と表現の自由

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この記事のポイント

1.俗に「放送禁止歌」と呼ばれてきた曲の中には、日本民間放送連盟の「要注意歌謡曲」制度や、各放送局による自主的な判断によって放送が控えられたものがあり、国が法律で一括して禁止した制度とは異なる。
2.民放連の要注意歌謡曲指定制度は1983年に廃止され、経過措置が終わった1987年に「要注意歌謡曲一覧表」も消滅した。
3.現在も民放連は差別、名誉、障害、暴力、性などに配慮する放送音楽基準を設けており、歌謡曲をめぐる問題は「表現の自由」と「人権への配慮」をどう両立するかという課題として続いている。

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「放送禁止歌」という制度はあったのか

「放送禁止歌」という言葉は、昭和の歌謡曲史を語る際にしばしば登場する。しかし、この言葉から「政府が曲を審査し、法律によって放送を禁止していた」と理解すると、実態とは異なる。

日本民間放送連盟(民放連)の現在の放送基準には、かつて存在した「要注意歌謡曲」の指定制度について明確な記録が残っている。民放連によれば、この制度は1983年に廃止された。指定から5年を経過するまで効力を残す経過期間が設けられていたため、最終的に1987年にその期間が満了し、「要注意歌謡曲一覧表」は消滅した。

この経緯をたどった佐藤研氏の論文「民放連放送基準の改訂の歴史をたどる」によると、背景には1950年代の民間放送の発展があった。文化放送は1952年10月に「娯楽番組取り扱い細則」を定め、「俗悪歌謡曲の自粛」を盛り込んだ。その後、ラジオ東京やニッポン放送でも社内規定が設けられ、1955年7月には民放連考査専門部会による「要注意歌謡曲」のリストが作られたという。1959年7月には「放送音楽の取り扱い内規」が制定され、民放連の基準に組み込まれていった。

つまり、歴史上「放送を控える対象となった歌」は実際に存在した。しかし、それをすべて同じ意味で「放送禁止歌」と呼ぶと、民放連による指定、個別放送局による自主規制、その他の事情による不使用が混同される。

当初は「低俗」「わいせつ」「青少年への影響」が中心

1950年代の選定基準を見ると、現在とはかなり異なる社会意識が反映されている。

佐藤氏の研究によれば、当初問題とされたのは、性的な雰囲気を露骨に表したもの、低俗・下品と判断されたもの、青少年の教育に悪影響を与えると考えられたものなどだった。1970年代になると、差別的と受け取られる歌詞やタイトルについても指定の対象が広がったとされる。

ここには、歌謡曲と人権を考える上で二つの異なる問題がある。

一つは、表現する側の自由である。歌は、社会に対する批判、性愛、貧困、労働、犯罪、少数者の生活など、必ずしも多数者が心地よいと感じない題材も扱う。そうした表現を「不快」「低俗」と評価するだけで流通から外せば、社会の周縁にある現実を描く作品まで消えるおそれがある。

もう一つは、歌の中で描かれる側の権利である。特定の人種、民族、障害、職業、性別などを侮蔑する表現が繰り返し公共空間に流れれば、作品を受け取る側の尊厳との摩擦が生じる。この二つを同じ問題として処理することはできない。

民放連はなぜ指定制度を廃止したのか

1983年、民放連は要注意歌謡曲の指定制度を廃止した。佐藤氏の論文は、その背景について「放送の可否については放送局が自主的に決めるべき」という考え方が強まったことを挙げる。経過措置が終了した1987年以後、民放連が特定楽曲を一覧表で一律指定する仕組みは存在しない。

ただし、これは「歌について何の基準もなくなった」という意味ではない。

現在の民放連放送基準は2023年5月24日に改正され、2024年4月1日から施行されている。その付則である「放送音楽などの取り扱い内規」では、放送音楽について、人種・民族・国民・国家、個人や団体の名誉、人種・性別・職業・境遇・信条による差別、障害のある人への表現、犯罪・暴力、性、児童・青少年への影響などを判断事項として列挙している。

現在の仕組みは、あらかじめ大量の曲を「禁止曲一覧」として固定する方式ではない。民放各社が特定の曲を使用するかどうかについて自主的に判断し、必要な場合には民放連内部の放送音楽事例研究懇談会に意見を求められる仕組みとなっている。

自主規制は憲法上の「検閲」と同じではない

この問題で区別しておきたいのが、「自主規制」と「検閲」である。

日本国憲法第21条第1項は、集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由を保障する。同条第2項は「検閲は、これをしてはならない」と定めている。

ここでいう検閲は、一般に行政権が主体となり、表現物について発表前に内容を審査し、不適当と判断したものの発表を禁止する仕組みを指す。「人権ニュース」の用語集でも、行政機関による事前審査と発表禁止を検閲の中心的な意味として整理している。

民放連は国の行政機関ではなく、民間放送事業者の団体である。したがって、民放連や放送局が自らの放送基準に基づいて楽曲の使用を判断することを、そのまま憲法21条2項が禁止する「検閲」と同一視することはできない。

しかし、「国の検閲ではないから、人権問題が存在しない」とも言えない。巨大な放送メディアから作品が排除されれば、作品が多数の人に届く機会は狭まる。放送局側には編集・編成の自由があり、表現者側には表現を社会に届ける利益がある。さらに、差別的な表現によって尊厳を害される人の利益も関係する。歌謡曲の放送をめぐる問題は、この複数の利益を区別して考える必要がある。

「差別語があるから流さない」だけでは整理できない

人権への配慮というと、問題のある単語を見つけて放送から排除する作業と理解されることがある。しかし、表現を評価する際には、単語だけではなく作品全体の文脈を見る必要がある。

例えば、差別される立場に置かれた人の生活を描くために、歴史上実際に使われた差別表現が登場する作品と、特定の属性を嘲笑する目的で同じ言葉を使う作品とでは、表現が果たす機能が異なる。過去の作品を現在の基準から検討する場合にも、その表現が制作された時代、作品中で誰が語っているのか、差別を肯定しているのか批判しているのか、放送時に説明を付すことが可能か、といった要素を分けなければならない。

民放連の現在の内規も、単に特定の語句を禁止語として列挙する方式ではなく、「差別するもの」「感情を傷つけるおそれのあるもの」「反社会的な言動を肯定的に取り扱うもの」など、表現の内容と扱い方を基準としている。

この違いは重要である。差別への配慮が、歴史的事実や差別そのものを描く作品まで不可視化する方向に作用すれば、差別の歴史を伝える機会も失われる可能性がある。

BPOも「表現の自由」と「基本的人権」を並べる

現在の放送倫理・番組向上機構(BPO)の規約を見ると、放送と人権の関係がどのように整理されているかが分かりやすい。

BPO規約第3条は、放送事業の公共性と社会的影響の大きさを踏まえ、「言論と表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護する」ことを目的として掲げている。どちらか一方だけを絶対化する構造ではない。

BPOは国の規制機関ではなく、NHKと民放連によって設置された第三者機関である。放送内容について政府が事前許可を与える仕組みではなく、放送界による自主・自律を前提として、人権侵害や放送倫理上の問題を検証する制度を採っている。

この考え方は、歌謡曲にもそのまま当てはまる。表現の自由を保障することと、人権を理由に何でも放送から排除することは同義ではない。同時に、表現の自由があることを理由として、放送事業者が差別や名誉侵害について検討する必要がなくなるわけでもない。

消えたのは「一覧表」であり、判断そのものではない

「放送禁止歌」という言葉は分かりやすい。しかし、その分かりやすさが制度の実態を覆い隠してきた面もある。

民放連に「要注意歌謡曲」の指定制度が存在したことは事実である。その制度は1983年に廃止され、1987年には一覧表も消滅した。現在の民放連の仕組みは、楽曲を全国一律の「禁止リスト」に登録する制度ではなく、共通の放送基準を踏まえながら、各放送局が使用の可否を自主的に判断する形になっている。

しかし、歌を放送するかどうかをめぐる問いそのものが消えたわけではない。表現の自由、少数者の尊厳、差別表現、児童への影響、歴史的作品の保存と紹介をどのように調整するかは、現在も放送の現場に残る。

昭和の「放送禁止歌」を調べることは、封印された曲を探すだけの音楽史ではない。何を社会に流し、何を流さないのかを誰が判断するのかという、メディアと人権の歴史をたどる作業でもある。

出典

一般社団法人日本民間放送連盟「日本民間放送連盟 放送基準」
https://www.j-ba.or.jp/stance/jba101032.html

佐藤研「民放連放送基準の改訂の歴史をたどる 民放連放送基準は時代の変化にどう対応してきたか」『マス・コミュニケーション研究』95号、2019年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/95/0/95_107/_pdf

e-Gov法令検索「日本国憲法」
https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION

放送倫理・番組向上機構「BPO規約・運営規則」
https://www.bpo.gr.jp/?page_id=1102

放送倫理・番組向上機構「BPOとは」
https://www.bpo.gr.jp/?page_id=912

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人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、裁判所、企業、公益団体、国際機関などが公表する一次情報を確認し、差別、子ども、障害者、高齢者、教育、福祉、司法・制度、外国人、ビジネスと人権などに関するニュース、制度解説、独自調査を発信しています。記事では出典を明示し、事実関係を確認したうえで、関連する法制度や統計、過去の経緯などを参照しながら、人権上の論点や社会的背景を整理しています。

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