1.能登半島地震の教訓を受け、国は避難所の基準を改定し、中期段階で「20人にトイレ1基」、パーティションや簡易ベッドの速やかな設置などを示した。
2.2026年3月の内閣府調査では、能登半島地震で断水などによりトイレが使えず、不衛生な状態となった避難所や、支援が必要な人を当初把握できなかった事例が確認された。
3.大規模災害時の課題は生存の確保だけではなく、健康、プライバシー、安全、福祉へのアクセスを災害後も維持できるかにある。

内閣府の2026年版防災白書によると、全国で確保されている指定避難所などは2025年10月1日時点で10万8,405か所に上る。国は能登半島地震でトイレ、食事、寝床などに課題が生じたことを受け、2024年12月に避難生活の取組指針と避難所運営ガイドラインを改定した。国際的な人道支援の最低基準であるスフィア基準も踏まえ、発災後の中期段階では20人に1基のトイレを確保し、温かく栄養バランスの取れた食事を提供するほか、テント・パーティションや簡易ベッドを速やかに設置し、入浴と洗濯の機会も確保する内容となった。避難所は雨風をしのぐ場所から、一定の生活環境を保障する場所へ制度上の役割が広がっている。
2026年3月に内閣府がまとめた能登半島地震の避難所運営実態調査は、その必要性を具体的に示す。調査対象となった奥能登の避難所では、断水や排水管の破損によって常設トイレが使えず、簡易トイレの使用方法や管理ルールも十分共有されないまま、し尿がたまり不衛生になった事例があった。外部から仮設トイレなどが届いた後も、清掃体制、ごみ処理、感染症対策が整うまで衛生管理が避難者自身の負担になった。食料や水が届けば避難生活の問題が解消するわけではなく、排せつ、睡眠、衛生という日常生活の基盤が健康状態を左右する。
支援を必要とする人が把握されない問題も生じた。穴水町の「さわやか交流館プルート」には車いす利用者、認知症の人、障害者などが避難したが、開設当初は、どの部屋にどのような支援が必要な人がいるか体系的に把握されていなかった。NPOの専門職が各室を回って医療・福祉上の必要を聞き取り、一覧化した後、看護師が24時間常駐する体制につながった。障害や疾病は外見から分かるとは限らない。避難者を人数として把握するだけでは、必要な支援を特定できないことを示す事例である。
災害対策基本法第86条の6は、避難所について安全性と良好な居住性を確保し、生活物資だけでなく保健医療・福祉サービスや情報を提供するための措置を講じるよう災害応急対策責任者に定めている。同法第86条の7は、在宅避難や車中泊など、避難所に滞在できない被災者についても生活環境を整備する対象としている。したがって、体育館に収容できた人数だけで災害対応の成否を測ることはできない。誰が物資、医療、福祉、情報から外れているかまで把握する仕組みが必要になる。
避難所ではプライバシーや安全も問題になる。内閣府男女共同参画局は、授乳や着替えの場所、女性用品の備蓄、男女別のトイレや物干し場、防犯、性暴力・DVへの対応などを防災・復興ガイドラインで整理している。子ども、高齢者、障害者、外国人、性的マイノリティなどでも必要な支援は異なる。全員に同じ物資と場所を与えることと、全員が同程度に安全な避難生活を送れることは一致しない。
大規模災害は、平時に存在する生活上の格差を消すのではなく、短期間に拡大させる。能登半島地震後に国が「20人にトイレ1基」「速やかなパーティション・ベッド設置」「温かい食事」まで具体化したのは、避難所の質が健康と尊厳に直接影響するためである。自治体の次の検証項目は、避難所の指定数や備蓄量だけではない。発災初日から基準を実行できる物資、人員、福祉・医療専門職との連携を地域防災計画と避難所訓練に組み込めているかである。
内閣府「令和8年版 防災白書 第1部第1章第2節2-6 被災者支援の充実に向けた検討」
URL:https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r08/honbun/1b_1s_02_06.html
内閣府「避難所運営等避難生活支援のためのガイドライン(チェックリスト)」
URL:https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_guideline.pdf
内閣府「令和6年能登半島地震における避難所運営実態調査報告」
URL:https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/r6notojishin_hinanjo_chousa.pdf
内閣府「避難所の生活環境対策」
URL:https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/index.html
内閣府男女共同参画局「災害対応力を強化する女性の視点 男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン」
URL:https://www.gender.go.jp/policy/saigai/fukkou/guideline.html
e-Gov法令検索「災害対策基本法」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/336AC0000000223

