1.第1次訴訟では、書籍に掲載された41都府県のうち31都府県について出版・公開の差止めが確定したが、原告との地域的関係が認められなかった10県は対象外となった。
2.2025年12月23日、千葉県、静岡県、岐阜県、福井県、富山県の個人9人と部落解放同盟が東京地裁へ第2次訴訟を提起した。
3.全国規模の識別情報を止めるために、地域ごとに原告を集め、住所や本籍との関係を立証しなければならない構造は、個別民事訴訟による救済の限界を示している。

10県の差止め空白を埋める第2次提訴
千葉県、静岡県、岐阜県、福井県、富山県の個人9人と部落解放同盟は2025年12月23日、示現舎による「全国部落調査」復刻版の出版・公開差止めなどを求め、東京地方裁判所へ第2次訴訟を提起した。原告側の発表によると、事件は東京地裁民事第31部が担当する。
訴訟の対象は、中央融和事業協会が1936年に編纂した「全國部落調査」を基に、示現舎側が現在の地名を加えて出版しようとした復刻版と、インターネット上で公開した地域情報である。第1次訴訟では2023年6月28日の東京高裁判決が31都府県の情報について出版、販売、ウェブ掲載などを差し止め、2024年12月4日の最高裁決定で確定した。
しかし、復刻版に掲載されたのは41都府県だった。原告側によると、残る10県は、判決が救済の前提とした地域的関係を持つ原告がいなかったため、差止め対象に入らなかった。第2次訴訟は、この10県のうち5県について、新たな個人原告を立てて救済を求める手続である。
対象外は「公開が適法」という判断ではない
第1次訴訟で差止め対象から外れた地域について、「裁判所が地名公開を適法と認めた」と読むのは正確ではない。東京高裁は、地域情報を公表すれば、掲載地域と関係する人が就職、結婚などで不当な扱いを受けるおそれが生じ、実際の差別を受けていなくても、不安を抱きながら生活することによって人格的利益が侵害されると判断した。
高裁が差止めの可否を分けたのは、情報の内容が県ごとに適法か違法かではなく、各原告が掲載地域とどのような関係を持ち、その情報公開によって権利を侵害されるかという個別の事情だった。
現在の住所や本籍が掲載地域にある場合に限らず、過去に居住していた人、過去に本籍を置いていた人、近親者が地域と関係していた人についても、具体的事情によって人格的利益の侵害が認められた。これに対し、原告との関係を立証できなかった地域については、差止めを認める基礎を欠くことになった。
したがって、10県が対象外となったことは、その地域の一覧が差別に利用される危険を否定した結果ではない。個人の人格権に基づく民事訴訟という手続では、裁判所が原告の権利侵害を認定できる範囲に救済が限られた結果である。
千葉・静岡・岐阜・福井・富山から9人
第2次訴訟の個人原告は、千葉県、静岡県、岐阜県、福井県、富山県の5県から参加した9人である。部落解放同盟は2026年4月の第83回全国大会で、訴訟を追行する権限に関する決議を採択した。訴訟は2026年7月26日時点で係争中であり、原告側が主張する地域的関係や被害について、東京地裁が判断を示した段階ではない。
第2次訴訟では、9人の現在または過去の住所・本籍、親族との関係などが、復刻版に記載された地域情報とどのように結び付くかが審理対象になるとみられる。これは第1次訴訟の高裁判決から導かれる見通しであり、具体的な立証方法や請求範囲は、今後の訴訟資料を確認する必要がある。
被告側の答弁書や第2次訴訟における具体的な反論は、編集部が同日までに確認した公表資料には掲載されていない。係争中の記事では、原告側の発表内容と、裁判所がすでに確定させた事実を区別し、被告側が争っている事項について結論を先取りしない扱いが必要になる。
原告自身が地域との関係を明かす負担
部落識別情報の公開を止める訴訟には、特有の立証上の問題がある。原告が救済を受けるには、自分や親族の住所、本籍などが掲載地域と関係することを裁判所へ示さなければならない。しかし、その情報を通常の証拠として提出すれば、訴訟を通じて守ろうとしている地域との関係を、かえって被告側へ詳細に開示することになる。
第1次訴訟の原告側は、住民票などを証拠として直接提出する方法ではなく、公証人が資料を照合し、住所などと地域一覧の記載が一致するかを確認した事実実験公正証書を用いた。東京高裁は、住民票などがインターネットへ掲載されれば訴訟目的を達成できなくなるおそれがあったとして、この方法を採用したことには合理的な理由があると認めた。
高裁は、公正証書が原告を「被差別部落出身者」と認定したものではなく、原告や近親者の住所・本籍と地域一覧の記載が一致するかを確認したものだと整理した。地域との関係を立証することと、裁判所が原告の属性を認定することを分けた判断である。
第2次訴訟でも、原告の安全とプライバシーを保ちながら、差止めに必要な地域的関係をどう証明するかが実務上の論点となる。救済を求める人に、公開されたくない情報の提出を迫る構造自体が、識別情報をめぐる訴訟の負担となっている。
団体だけでは全国分を差し止められなかった
第1次訴訟には部落解放同盟も原告として参加した。同盟側は、地域情報の公開によって差別撤廃活動の成果が損なわれ、対応業務が増えるなどして団体の権利や業務が侵害されたと主張した。
東京高裁は、地域情報の公開によって活動の成果が減殺されることがあったとしても、直ちに部落解放同盟自身の権利が侵害されるとはいえないと判断した。公開への対応も団体の目的に沿う業務であり、業務量が増えたことだけで、円滑な業務遂行が妨げられたとは認めなかった。
この判断の下では、全国組織が原告となったことだけを根拠に、掲載された41都府県の情報を一括して差し止めることはできなかった。各地域に関係する個人が原告となり、自らの人格的利益の侵害を示す必要が残った。
団体が多数の被害者を代表し、一度の訴訟で全国的な差止めを得られる制度があれば、個人が住所や本籍との関係を一人ずつ立証する負担は軽減される。しかし、今回の訴訟でそのような包括的な代表訴訟制度が利用されているわけではない。
民事判決の効力は当事者と請求を基礎とする
民事訴訟法115条は、確定判決の効力が及ぶ者を、原則として当事者、当事者の承継人などに限定している。同法246条は、裁判所が当事者の申し立てていない事項について判決できないと定める。民事裁判は、裁判所が社会問題全体について一般的な規制を作る手続ではなく、原告が提示した権利と請求に対して判断する制度である。
「全国部落調査」訴訟では、差止命令を受ける被告側は同じでも、差止めを支える人格的利益は各個人に帰属する。原告がどの地域と関係し、どの情報によって侵害を受けるかが、判決主文に含まれる地域範囲を左右した。
第2次訴訟で5県の差止めが認められた場合、示現舎側に対する出版・公開禁止の対象はその分だけ広がる可能性がある。ただし、第1次訴訟で対象外となった10県のうち、今回の原告がいない残り5県まで自動的に差止められるとは限らない。
反対に、5県の請求の一部または全部が認められなかった場合も、その地域情報の公開が一般的に適法だと確定するわけではない。個々の原告について地域との関係、侵害のおそれ、差止めの必要性が認められたかという判決理由を確認する必要がある。
全国データに地域別の原告を要する不均衡
復刻版と関連データは、地域ごとに別々に作られたものではない。全国の所在地を一つの一覧にまとめ、検索、複製、照合を可能にする構造を持つ。情報の価値と危険は、個別地域だけでなく、全国を横断して検索できることから生じる。
これに対して、民事上の救済は原告ごと、地域ごとに構成された。第1次訴訟で31都府県の差止めを得ても、原告がいない10県は残った。第2次訴訟で新たに5県の住民が立ち上がっても、残る5県の問題は解消しない。
この不均衡は、裁判所が差別の危険を軽視した結果だけではない。個別の権利侵害を審理する民事訴訟に、全国的なデータベースの規制を担わせていることから生じる。
裁判所が個人の具体的な権利侵害を確認せず、全国の情報を一律に差し止めれば、表現・出版の自由を過度に制約するおそれがある。これに対し、地域ごとに原告を必要とすれば、被害防止の範囲は原告の有無に左右される。第2次訴訟は、この二つの要請の間で、どこまで差止めを広げられるかを改めて問う。
部落差別解消推進法に一括削除手続なし
2016年施行の部落差別解消推進法は、情報化の進展に伴って部落差別をめぐる状況が変化していることを明記し、国と地方公共団体に相談体制の充実、教育・啓発、実態調査を課している。
ただし、同法には、部落識別情報の公開を直接禁止する規定、公開者へ行政が削除を命じる手続、違反者への刑罰・過料は設けられていない。全国的な一覧データに対して強制力のある差止めを得るには、人格権に基づく民事訴訟など、別の法的手段を用いることになる。
法務局による削除要請も行われているが、裁判所の差止命令と同じ強制力を持つものではない。個別投稿への行政対応と、全国データを対象とした民事差止めの間には、包括的な救済手続が存在しない。
第2次訴訟が明らかにする三つの基準
東京地裁が今後示す判断では、三つの点を区別して読む必要がある。
第一は、9人の原告と5県の掲載地域との関係である。現在の住所・本籍だけでなく、過去の居住、過去の本籍、近親者との関係をどの範囲まで人格的利益の基礎とするかが問題になる。
第二は、差止めの範囲である。個々の原告に直接関係する市町村や地域に限定するのか、同じ県に掲載された情報全体を対象とするのかによって、第1次訴訟で生じた空白をどこまで埋められるかが変わる。
第三は、原告が受ける不利益の評価である。実際の就職差別や結婚差別が発生したことまで必要とするのか、情報が公開されて差別への不安を抱く状態で人格的利益の侵害を認めるのかが判断を分ける。第1次訴訟の東京高裁は、実害の発生前でも、地域情報の流通による不安と平穏な生活への侵害を法的救済の対象とした。
残る5県と包括的救済の課題
第2次訴訟は、確定判決が残した10県のうち半数を対象とする。5県9人の請求が認められれば、差止めの地域的範囲は広がる。しかし、残る5県について原告がいなければ、全国すべての掲載情報が直ちに差止め対象になるわけではない。
今後確認すべきなのは、東京地裁民事第31部が第1次訴訟の人格的利益に関する判断をどのように適用するか、9人の地域的関係をどの方法で認定するか、5県のどの範囲まで出版・公開を禁止するかである。
「全国部落調査」は全国横断型の識別情報であるのに、救済は千葉、静岡、岐阜、福井、富山の原告がそれぞれ自らの関係を証明することから始まった。第2次訴訟の帰結は、5県分の掲載情報を差し止めるかだけでなく、個人原告による民事訴訟で全国規模の識別データへ対処する制度が、どこまで被害を覆えるのかを示すことになる。
部落解放同盟中央本部「5県から原告が立ちあがり 『全国部落調査』復刻版出版事件」
URL:https://www.bll.gr.jp/info/news2026/news20260115-3.html
部落解放同盟中央本部「『全国部落調査』出版差し止め等請求第二次訴訟に関する訴訟追行権授権に関する決議」
URL:https://www.bll.gr.jp/info/news2026/news20260415-4.html
東京高等裁判所「令和5年6月28日判決 損害賠償等請求控訴事件」
URL:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-92822.pdf
e-Gov法令検索「民事訴訟法」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109
e-Gov法令検索「部落差別の解消の推進に関する法律」
URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC1000000109

