法務省の「人権侵犯事件」、新規救済手続開始は2016年比で約58%減 ネット関係は約2割

法務省の人権擁護機関が2025年に新たに救済手続きを開始した「人権侵犯事件」は8,207件だった。2016年の1万9,443件と比較すると、約58%減少している。

一方、インターネット上の人権侵害情報に関する事件は、2016年の1,909件から2025年の1,569件へ約18%の減少にとどまった。新規救済手続開始件数全体に占める割合は、9.8%から19.1%に上昇している。

ただし、この数字は、日本社会で発生した人権侵害の総数ではない。法務局などが人権侵害の疑いがある事案を把握し、調査や救済の手続きを開始した件数である。相談窓口の認知度、相談のしやすさ、統計項目の変更などにも左右されるため、件数の減少をそのまま「人権侵害が減った」と評価することはできない。

この記事のポイント

1.人権侵犯事件の新規救済手続開始件数は、2016年の1万9,443件から2025年の8,207件へ約57.8%減少した。

2.インターネット関係事件は、全体が減少する中でも1,500~2,200件台で推移し、2025年には全体の19.1%を占めた。

3.法務省統計の「学校におけるいじめ」は、いじめの発生件数ではなく、主として学校の不適切な対応等について救済手続きを開始した件数である。

4.人権侵犯事件の調査や救済措置は、裁判や行政処分とは異なり、原則として関係者の任意の協力と自主的な改善を前提としている。

法務省人権侵犯事件

「人権侵犯事件」とは

法務省の人権擁護機関は、全国の法務局・地方法務局や人権擁護委員を通じて人権相談を受け付けている。相談や被害申告、関係機関からの通報、法務局が把握した情報などから、人権侵害の疑いがある事案を認知すると、人権侵犯事件として調査・救済手続きを開始する。

調査の結果、人権侵害の事実が認められた場合などには、法律上の助言や関係機関の紹介を行う「援助」、当事者間の話し合いを仲介する「調整」、行為者に改善を求める「説示・勧告」、対応可能な機関や事業者に必要な措置を求める「要請」、関係行政機関への「通告」、刑事訴訟法に基づく「告発」、人権尊重への理解を促す「啓発」などが行われる。

一方、法務局による調査は、警察などの強制捜査ではなく、関係者の任意の協力によって行われる。救済措置も、関係者の理解を得て自主的な改善を促すことを主な目的としており、原則として強制力はない。

新規救済手続開始件数は、手続きが始まった段階の数字である。この時点で人権侵害が確定しているわけではなく、調査の結果、人権侵害の事実を認定できない場合もある。

2025年に法務省の人権擁護機関が受け付けた人権相談は15万2,918件だった。一方、新規救済手続開始件数は8,207件である。ただし、人権相談と人権侵犯事件は対象や集計単位が異なり、すべての事件が同年の相談から開始されるわけでもないため、相談件数のうち何%が事件化したと単純に計算することはできない。

10年分の推移

2016年から2025年までの新規救済手続開始件数を整理すると、次のようになる。

新規救済手続開始件数インターネット関係事件全体に占める割合「学校におけるいじめ」
2016年19,443件1,909件9.8%3,371件
2017年19,533件2,217件11.4%3,169件
2018年19,063件1,910件10.0%2,955件
2019年15,420件1,985件12.9%2,944件
2020年9,589件1,693件17.7%1,126件
2021年8,581件1,736件20.2%1,169件
2022年7,859件1,721件21.9%1,047件
2023年8,962件1,824件20.4%1,185件
2024年8,947件1,707件19.1%1,202件
2025年8,207件1,569件19.1%1,422件

※法務省の各年の公表資料を基に人権ニュースが作成した。
※インターネット関係事件と「学校におけるいじめ」は、新規救済手続開始件数の内数であり、総数に加算するものではない。
※法務省統計の「学校におけるいじめ」は、いじめに対する学校の不適切な対応等を指し、私立学校に関する事件も含む。文部科学省が公表する、学校が認知したいじめの件数とは異なる。
※2025年の数値は、法務省が2026年4月10日に訂正・差し替えた資料に基づく。

新規救済手続開始件数は約58%減少

新規救済手続開始件数は、2016年から2018年までは年間1万9,000件台だった。2019年に1万5,420件へ減少し、2020年には9,589件と1万件を下回った。その後は7,800~8,900件台で推移し、2025年は8,207件となった。

2016年と2025年を比較した減少率は約57.8%となる。ただし、長期的な減少のすべてを、人権侵害の実態が改善した結果とみることはできない。

被害が発生しても、本人が相談窓口を知らなければ法務局は把握できない。家庭、学校、職場、施設など、相手との力関係が強い場所では、被害を訴えること自体が難しい場合もある。相談手段や広報活動の変化、社会的な接触機会、法務局による情報把握の状況も、件数に影響する。

特に2020年には件数が大きく減少しており、新型コロナウイルス感染症の拡大による社会活動や相談・啓発活動への影響も考慮する必要がある。統計の減少だけから、被害が同じ割合で減ったと判断することはできない。

インターネット関係事件は全体の約2割

インターネット上の人権侵害情報に関する新規救済手続開始件数は、2017年に2,217件となった後も、1,500~1,900件台を中心に推移している。2025年は1,569件で、2016年の1,909件から約17.8%減少した。

しかし、事件全体が約57.8%減少したため、全体に占めるインターネット関係事件の割合は、2016年の9.8%から2025年の19.1%へ上昇した。2022年には21.9%に達しており、近年はおおむね5件に1件を占めている。

2025年の1,569件の内訳では、プライバシー侵害が503件、氏名や住所など個人を識別できる情報を示す「識別情報の摘示」が494件、名誉毀損が348件だった。三つを合わせると1,345件で、インターネット関係事件の約85%を占める。

ただし、1,569件は、インターネット上に掲載された投稿、画像、動画などの総数ではない。法務省は、一つのプロバイダ等に対し、100件の書き込みの削除を一度に要請した場合は、1件として計上すると説明している。このため、実際の投稿数、閲覧数、拡散規模、被害者数を直接示す統計ではない。

「学校におけるいじめ」は学校の対応等に関する事件

「学校におけるいじめ」の新規救済手続開始件数は、2016年の3,371件から2019年の2,944件まで、年間3,000件前後で推移していた。2020年に1,126件へ減少した後、2022年には1,047件となったが、その後は増加し、2025年は1,422件となった。2024年の1,202件と比べると18.3%増えている。

ただし、この数字を「学校で発生したいじめの件数」と説明するのは正確ではない。法務省統計の「学校におけるいじめ」は、いじめに対する学校の不適切な対応等について、法務局が人権侵犯事件として救済手続きを開始した件数である。

文部科学省が学校を対象に調査する「いじめの認知件数」とは、調査主体、目的、定義、集計方法が異なる。法務省の数字が増加した場合も、いじめの発生そのものだけでなく、学校の対応をめぐる相談や申告が増えたこと、相談窓口が利用されやすくなったことなどが影響している可能性がある。

2025年の救済事例

法務省は、件数だけでなく、2025年中に救済措置を講じた代表的な事例も公表している。公表事例は、8,207件すべての傾向を示すものではないが、法務局がどのような問題に関与し、どのような措置を講じているかを理解する手掛かりとなる。

小学校におけるいじめ

児童が複数の同級生から暴言や暴力を受けているとして、「こどもの人権SOSミニレター」を通じて相談が寄せられた。保護者は、学校の対応が十分ではないと訴えていた。

法務局は、学校と保護者の意見交換の場を仲介した。学校による児童への継続的な指導や、法務局による人権教室の実施について説明され、当事者間の関係改善が図られたとして、「調整」の措置が講じられた。

この事例からも、統計上の「学校におけるいじめ」が、いじめ行為だけでなく、学校の対応や保護者との関係調整を含むことが分かる。

性自認に関する情報の無断伝達

性的マイノリティの相談者が賃貸物件を探していたところ、本人が話していない性自認に関する情報が、不動産業者に伝わっていた。

法務局の調査により、行政手続きを担当した職員が、本人の同意を得ずに情報を伝えていたことが確認された。法務局は、本人の同意なく性自認に関する情報を第三者に伝えるアウティングは、人格権やプライバシー権を著しく侵害するとして、職員への「説示」と職場責任者への再発防止の「要請」を行った。

外国人であることを理由とした診療拒否

医療機関に予約の電話をした外国人が、国籍を確認された後、外国人であることを理由に診療を断られたとして相談した。

法務局の調査では、医療機関が、過去に受診した外国人の問題行動を理由として、外国人患者を一律に断っていたことが確認された。法務局は、患者個人の事情を考慮せず、外国人であることだけを理由に一律に診療を拒否する行為は、医師法第19条第1項に反し、人権擁護上看過できないとして「説示」を行った。

ネット上への個人情報の掲載

相談者とその子どもの電話番号、住所、メールアドレスなどがサイト上に無断掲載され、子どもについて侮辱的な記載も行われていた。

法務局は、投稿が相談者と子どものプライバシーを侵害すると判断し、サイト管理者に削除を要請した。その後、投稿は削除された。

このほか、接客中の従業員を無断で撮影して侮辱的な文章とともにSNSへ掲載した事例、店舗の口コミ欄に窓口担当者の写真を無断掲載した事例、特定地域を同和地区だと指摘する動画を投稿した事例などでも、削除要請や情報提供が行われている。

2025年は「教育関係」が最多

2025年の新規救済手続開始件数8,207件を大きな類型別にみると、「教育関係」が2,144件で26.1%と最も多かった。次いで、「名誉・プライバシー関係」が1,996件で24.3%、「労働権関係」が1,449件で17.7%だった。

2025年の類型件数構成比
教育関係2,144件26.1%
名誉・プライバシー関係1,996件24.3%
労働権関係1,449件17.7%
強制・強要676件8.2%
暴行・虐待671件8.2%
住居・生活の安全関係487件5.9%
差別待遇313件3.8%
その他471件5.7%

教育関係2,144件のうち、「学校におけるいじめ」は1,422件だった。労働権関係1,449件のうち、パワーハラスメントは1,029件となっている。

ただし、法務省は2025年に統計項目を改訂しており、前年とは項目が一致しないと明記している。このため、2025年の「教育関係」や「名誉・プライバシー関係」を、2024年以前の類型とそのまま比較することはできない。

数字だけでは見えない人権被害

人権侵犯事件統計は、人権問題の変化や法務局の取組を知る重要な資料である。しかし、統計に表れるのは、被害や問題が法務局などに認知され、救済手続きが開始された事案に限られる。

被害を受けても相談できない人、相談先を知らない人、自分が受けた扱いを人権侵害だと認識していない人もいる。インターネット上の事件では、1件の中に多数の投稿や画像が含まれる場合があり、事件数だけで被害の広がりや深刻さを測ることもできない。

また、法務局の救済制度は、迅速かつ柔軟に助言や関係調整を行える一方、原則として強制力を持たない。相手方が調査や改善に協力しない場合には、裁判、警察、労働局、児童相談所など、権限を持つ他の機関への相談が必要になることもある。

10年分の統計からは、新規救済手続開始件数が大きく減少する一方、インターネット関係事件の比重が高まり、「学校におけるいじめ」に関する事件も近年増加していることが読み取れる。

ただし、件数の増減だけで人権状況が改善した、または悪化したと判断することはできない。相談につながっていない被害、統計区分の変更、救済制度の権限と限界を含めて数字を読む必要がある。

出典

法務省「令和7年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00272.html

法務省「令和7年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001458953.pdf

法務省「令和6年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00252.html

法務省「令和5年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001415625.pdf

法務省「令和4年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001393246.pdf

法務省「令和3年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」参考資料
URL:https://www.moj.go.jp/content/001376564.pdf

法務省「令和2年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001344251.pdf

法務省「平成31年及び令和元年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001319325.pdf

法務省「平成30年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001288006.pdf

法務省「平成29年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001253506.pdf

法務省「平成28年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」PDF
URL:https://www.moj.go.jp/content/001220634.pdf

法務省「人権侵害を受けた方へ」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/index_chousa.html

法務省「人権相談」
URL:https://www.moj.go.jp/JINKEN/index_soudan.html

政府統計の総合窓口e-Stat「人権侵犯事件統計」
URL:https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?toukei=00250010

取得日:2026年6月22日

人権ニュース編集部

人権ニュース編集部は、官公庁、自治体、企業、公益団体、国際機関等が公表する一次情報をもとに、差別、労働、教育、福祉、司法・制度、外国人共生、ビジネスと人権などに関するニュースと解説を発信しています。掲載内容は、出典確認を行ったうえで、制度的背景や人権上の論点を補足して構成しています。

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