先住民族とは、ある国や地域が近代国家として形成される以前から、その土地に固有の歴史、文化、言語、社会制度、生活様式を持って暮らしてきた民族を指す言葉です。国際的には、土地や資源との結びつき、独自の文化や言語、自己認識、植民地化や国家形成の過程で周縁化されてきた歴史などが重視されます。日本では、アイヌの人々が先住民族として認識されています。
1.先住民族の意味
先住民族という言葉は、単に「昔から住んでいた人々」という意味だけではありません。固有の文化、言語、信仰、社会関係、土地との結びつきを持ちながら、近代国家の形成や開発、同化政策などの中で、政治的・社会的に弱い立場に置かれてきた人々を理解するための概念です。
国際的には、先住民族について完全に一つの定義が固定されているわけではありません。地域ごとの歴史や文化が大きく異なるためです。その一方で、自己認識、歴史的継続性、土地・領域・資源との関係、独自の制度や文化、非支配的な立場などが、先住民族を理解する際の重要な要素とされています。
日本で先住民族という用語を考える場合、アイヌ民族との関係が中心になります。アイヌの人々は、日本列島北部周辺、とりわけ北海道を中心に、独自の言語、宗教、文化を有してきました。平成20年には、衆議院と参議院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択され、その後のアイヌ政策にも大きな影響を与えました。
2.制度・法律との関係
先住民族に関する国際的な基準として重要なのが、平成19年に国連総会で採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」です。この宣言は、先住民族が個人としても集団としても人権と基本的自由を享有すること、差別を受けないこと、文化、言語、教育、土地、資源、自己決定に関する権利を持つことを示しています。
この宣言は条約ではなく、各国を直接拘束する形式の国際条約とは異なります。しかし、先住民族の権利を考えるうえで、国際社会が共有する基準として大きな意味を持っています。各国の先住民族政策、文化政策、教育、土地や資源をめぐる協議、遺骨や文化財の返還などを考える際の参照軸になります。
日本では、平成31年にアイヌ施策推進法が制定されました。同法は、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活できる社会の実現を目的とし、アイヌ文化の振興、知識の普及・啓発、地域振興、産業振興、観光振興などを定めています。同法は、アイヌであることを理由とする差別その他の権利利益侵害を禁止しており、先住民族としての尊厳を国内制度の中で扱う重要な法律です。
3.人権上の論点
先住民族をめぐる人権上の論点は、文化や言語の保存だけにとどまりません。民族としての自己認識、土地や資源との関係、教育、歴史認識、差別防止、政治的参加、地域開発への関与、遺骨や文化財の返還など、多くの課題が関係します。
特に重要なのは、先住民族の問題を「過去の歴史」だけに閉じ込めないことです。同化政策や差別の歴史は、現在の言語継承、生活、教育、地域社会での偏見、インターネット上の差別言説にも影響します。文化を観光資源として扱うだけでは、先住民族の人々が自らの文化をどう継承し、どのように社会へ参加するかという問題は見えにくくなります。
先住民族の権利を考える際には、国や自治体が一方的に施策を決めるのではなく、当事者である先住民族の人々の意見を聴き、施策に反映させることが欠かせません。日本においては、アイヌ施策推進法、ウポポイ、アイヌ文化振興、遺骨返還、学校教育での扱いなどを通じて、アイヌの人々の尊厳と権利をどのように具体化するかが問われています。