安全で健康的な労働環境とは

安全で健康的な労働環境とは、働く人が業務によって生命、身体、健康を害されることなく、危険や有害要因から守られた状態で働ける環境を指します。ILOは2022年、この権利を「労働における基本的原則及び権利」に加えました。ビジネスと人権の分野では、労働安全衛生を単なる職場管理ではなく、働く人の人権として捉えるための重要な用語です。

1.安全で健康的な労働環境の意味

安全で健康的な労働環境は、労働災害を防ぐことだけを意味するものではありません。機械や設備による事故、有害物質へのばく露、過重労働、熱中症、感染症、メンタルヘルス不調、ハラスメント、長時間労働、危険な作業手順など、働く人の安全と健康に影響する幅広い要因が含まれます。

働く人は、生活のために働く必要があっても、危険な環境で生命や健康を犠牲にすることを当然視されてはなりません。安全で健康的な労働環境は、賃金や雇用機会と並んで、ディーセント・ワークを支える基本的な条件です。

ビジネスと人権の文脈では、この用語は自社の職場だけでなく、サプライチェーン上の職場にも関係します。下請企業、委託先、物流、清掃、警備、建設、農林水産、海外工場などで危険な作業環境が放置されている場合、発注元企業の人権デュー・ディリジェンスでも確認すべき課題になります。

2.制度・法律との関係

安全で健康的な労働環境は、ILO中核的労働基準の一部です。ILOは、2022年に「安全で健康的な労働環境」を労働における基本的原則及び権利へ加え、ILO第155号条約「職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する条約」と、ILO第187号条約「職業上の安全及び健康促進枠組条約」を基本条約に位置付けました。

ILO第155号条約は、就業に関連した事故や健康障害を防止するため、国が職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する一貫した政策を定め、国の段階と企業の段階で必要な措置をとることを求める条約です。ILO第187号条約は、職業上の安全及び健康に関する国内制度、国内計画、予防的な安全衛生文化の促進を重視します。

日本国内では、労働安全衛生法、労働基準法、労働者災害補償保険法などが、労働者の安全と健康に関係します。事業者には、安全衛生管理体制の整備、危険防止措置、健康診断、ストレスチェック、化学物質管理、長時間労働対策、熱中症対策など、職場に応じた対応が求められます。

企業が人権方針や人権デュー・ディリジェンスを進める場合、安全で健康的な労働環境は、労働人権リスクの中心項目です。労働災害件数だけでなく、危険作業の有無、保護具の支給、教育訓練、休憩、労働時間、メンタルヘルス、相談窓口、委託先・下請先の安全衛生管理まで確認する必要があります。

3.人権上の論点

安全で健康的な労働環境の人権上の論点は、働く人の生命と健康が、企業活動の効率やコスト削減より軽く扱われていないかという点にあります。事故が起きてから補償するだけでは不十分であり、危険を予見し、予防する仕組みを整えることが基本になります。

特に注意が必要なのは、弱い立場に置かれやすい労働者です。外国人労働者、技能実習生、非正規労働者、下請企業の労働者、派遣労働者、若年労働者、高齢労働者などは、危険を感じても声を上げにくい場合があります。言語の壁、雇用不安、在留資格への不安、取引上の力関係が、安全衛生上の問題を見えにくくすることがあります。

サプライチェーン上では、短納期、低価格での発注、急な仕様変更、繁忙期の過重労働など、発注側の取引慣行が現場の安全を損なう場合があります。人権デュー・ディリジェンスでは、事故や違反の有無だけでなく、自社の調達や契約のあり方が危険な労働環境を助長していないかも点検する必要があります。

用語集で安全で健康的な労働環境を扱う意義は、労働安全衛生を「社内管理」や「労災防止」の範囲に閉じ込めず、働く人の基本的な権利として理解できるようにする点にあります。安全に働き、健康を守られることは、強制労働や児童労働の禁止、差別の撤廃、結社の自由と並ぶ、労働における人権の基礎です。

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