ILO多国籍企業宣言とは、国際労働機関(ILO)が、多国籍企業、政府、使用者団体、労働者団体に向けて、雇用、訓練、労働条件・生活条件、労使関係などに関する原則を示した国際文書です。正式名称は「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」で、ビジネスと人権の分野では、労働における人権を企業活動に結び付ける基礎文書の一つです。
1.ILO多国籍企業宣言の意味
ILO多国籍企業宣言は、企業活動が労働者や地域社会に与える影響を踏まえ、企業が社会政策や労働条件に関してどのように行動すべきかを示した文書です。多国籍企業と呼ばれていますが、内容は多国籍企業だけでなく、国内企業にも関係します。
この宣言が扱う中心的な分野は、雇用、訓練、労働条件・生活条件、労使関係です。たとえば、雇用機会の創出、職業訓練、賃金や労働時間、安全衛生、結社の自由、団体交渉、差別の撤廃、強制労働や児童労働の排除など、働く人の権利と生活に関わるテーマが含まれます。
ビジネスと人権の文脈では、ILO多国籍企業宣言は、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」やOECD多国籍企業行動指針と並んで参照されます。国連指導原則が企業の人権尊重責任の大枠を示すのに対し、ILO多国籍企業宣言は、労働と社会政策に関する企業の行動をより具体的に整理する文書といえます。
2.制度・法律との関係
ILO多国籍企業宣言は、1977年にILO理事会で採択され、その後、2000年、2006年、2017年、2022年に改訂されてきました。ILOは、政府、使用者、労働者の三者構成を特徴とする国際機関であり、この宣言も三者の関与を前提にした文書です。
この宣言は、条約のように各国を直接拘束するものではありません。企業に罰則を科す国内法でもありません。しかし、ILOの国際労働基準や宣言を踏まえ、企業が労働者の権利を尊重し、ディーセント・ワークを促進するための国際的な指針として大きな意味を持ちます。
宣言は、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」、OECD多国籍企業行動指針、ILO中核的労働基準とも密接に関係します。特に、結社の自由と団体交渉権、強制労働の撤廃、児童労働の廃止、雇用及び職業における差別の撤廃、安全で健康的な労働環境といった労働における基本的原則及び権利は、企業の人権尊重を考える上で不可欠です。
日本政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」や「ビジネスと人権」に関する行動計画も、国連指導原則、OECD多国籍企業行動指針、ILO関係文書を踏まえて整理されています。企業が人権方針や人権デュー・ディリジェンスを進める際には、ILO多国籍企業宣言を参照することで、労働分野の人権課題を具体的に把握しやすくなります。
3.人権上の論点
ILO多国籍企業宣言の人権上の論点は、企業活動によって生み出される雇用や経済的利益を、働く人の尊厳や権利と切り離して考えない点にあります。企業は雇用を生み、技術や資本を移転し、地域経済に貢献する一方で、労働条件、労使関係、安全衛生、差別、移住労働者の処遇などに大きな影響を与えます。
特にサプライチェーンでは、企業本体から離れた現場で人権課題が生じることがあります。海外工場、下請企業、農林水産物の調達先、物流、清掃、警備、建設、サービス提供の現場などでは、長時間労働、低賃金、安全衛生上の危険、強制労働、児童労働、差別、ハラスメントが見えにくくなる場合があります。
ILO多国籍企業宣言は、こうした課題を、企業の自主的な社会貢献ではなく、労働者の権利と社会政策の問題として捉えます。企業が人権デュー・ディリジェンスを行う際には、単に取引先にアンケートを送るだけでなく、働く人の声、労働組合や労働者代表との対話、苦情処理メカニズム、安全衛生の実態などを確認する必要があります。
用語集でILO多国籍企業宣言を扱う意義は、ビジネスと人権を労働の現場から理解できるようにする点にあります。人権方針、ILO中核的労働基準、ディーセント・ワーク、強制労働、児童労働、結社の自由、安全で健康的な労働環境などの用語は、この宣言とあわせて読むことで、企業活動と労働人権の関係が整理しやすくなります。