人権デュー・ディリジェンスとは、企業が自社や取引先などの事業活動を通じて生じる人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、対応状況を説明する一連の取組を指す言葉です。人権ニュースでは、制度、判例、行政施策、地域の啓発活動などを理解するうえで重要な用語として扱います。
1.人権デュー・ディリジェンスの意味
人権デュー・ディリジェンスは、企業活動が人権に与える負の影響を継続的に確認し、問題を防ぎ、改善するための仕組みです。単に「問題が起きた後に謝罪する」ことではなく、事前に人権リスクを把握し、対応し、その結果を検証することを含みます。
対象になるのは、自社の従業員だけではありません。子会社、取引先、委託先、原材料の調達先、製造現場、物流、販売、消費者、地域住民など、企業の事業活動と関係する広い範囲が含まれます。たとえば、長時間労働、ハラスメント、強制労働、児童労働、外国人労働者への不適切な処遇、障害のある人への合理的配慮の欠如、個人情報の不適切な取扱い、差別的な広告表現などが、人権リスクとして問題になります。
人権デュー・ディリジェンスは、一度実施すれば終わる調査ではありません。事業内容、取引先、調達先、法制度、社会情勢が変われば、人権リスクも変化します。そのため、企業には、人権方針の策定、リスクの特定・評価、防止・軽減、対応状況の追跡、情報開示、苦情処理や救済への接続を継続的に行うことが求められます。
2.制度・法律との関係
人権デュー・ディリジェンスの国際的な基礎になっているのが、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」です。同指導原則は、「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」という3つの柱を示し、企業が人権を尊重する責任を果たす方法として人権デュー・ディリジェンスを位置づけています。
日本では、2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画が策定され、2025年12月には改定された行動計画が公表されました。改定された行動計画でも、企業に対し、人権への負の影響の特定・評価・予防・軽減・対処等から成る人権デュー・ディリジェンスの導入を促進することへの期待が示されています。
2022年9月には、日本政府が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました。このガイドラインは、日本で事業活動を行う企業に向けて、国連指導原則、OECD多国籍企業行動指針、ILO多国籍企業宣言などの国際スタンダードを踏まえ、人権尊重の取組を具体的に説明しています。
人権デュー・ディリジェンスは、労働基準法、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、障害者差別解消法、個人情報保護法、消費者保護、下請取引、外国人労働者政策、公共調達、サステナビリティ開示などとも関係します。法律違反の有無だけを見るのではなく、企業活動が人権に与える実際の影響を継続的に点検する考え方です。
3.人権上の論点
人権デュー・ディリジェンスの人権上の論点は、企業が人権侵害を「知らなかった」で済ませず、自社の事業活動や取引関係を通じて生じる負の影響を把握し、予防する責任を負う点にあります。とくにサプライチェーンが国境を越える場合、国内の本社からは見えにくい場所で、労働者や地域住民の権利が損なわれることがあります。
重要なのは、人権デュー・ディリジェンスを形式的なチェックリストにしないことです。人権方針を公表していても、実際に取引先の労働環境を確認しない、労働者や地域住民の声を聞かない、苦情を申し立てる仕組みが使えない、問題が分かっても改善しない場合には、実効性のある取組とはいえません。
また、人権リスクは企業にとっての評判リスクだけではありません。中心に置くべきなのは、実際に負の影響を受ける人々です。従業員、外国人労働者、派遣・委託労働者、取引先の労働者、消費者、地域住民、子ども、障害のある人など、影響を受けやすい人々の状況を把握し、必要な場合には救済につなげる必要があります。
人権デュー・ディリジェンスを理解する際には、企業のコンプライアンスやCSRの一部としてだけでなく、企業活動と人権保障を結びつける実務上の仕組みとして捉える必要があります。企業、行政、投資家、消費者、労働組合、市民団体が、サプライチェーンの透明性、苦情処理メカニズム、情報開示、被害者救済を具体的に確認することが、取組の実効性を左右します。