アイヌ遺骨返還とは、過去に研究や収集などの名目で大学、博物館、海外機関などに保管されてきたアイヌの人々の遺骨や副葬品について、出土地域や関係するアイヌの人々に返還する取組をいいます。単なる資料管理や文化財の問題ではなく、死者の尊厳、遺族・地域の追悼、先住民族の権利、研究倫理に関わる人権課題です。
1.アイヌ遺骨返還の意味
アイヌ遺骨返還は、過去に発掘・収集され、大学や博物館などで保管されてきたアイヌの人々の遺骨を、関係する地域や団体へ戻すための手続です。対象には、遺骨だけでなく、墓から一緒に持ち出された副葬品が含まれる場合もあります。
この問題の背景には、研究や教育の名の下に、本人や地域の同意が十分に確認されないまま遺骨が収集・保管されてきた歴史があります。遺骨は研究資料である以前に、亡くなった人そのものに関わる存在です。返還をめぐる議論では、学術研究の扱いだけでなく、死者への敬意、地域の祭祀、遺族やアイヌ関係団体の意思が問われます。
アイヌ遺骨返還は、アイヌ文化の保存や展示とは性格が異なります。文化財を見せる、説明する、保管するという発想だけではなく、誰の遺骨なのか、どこから持ち出されたのか、誰が返還を求めているのか、どのように慰霊するのかを確認する必要があります。
2.制度・法律との関係
アイヌ遺骨返還については、国が関係省庁とともに手続を整備してきました。平成30年12月には、「大学の保管するアイヌ遺骨等の出土地域への返還手続に関するガイドライン」が定められ、大学が保管するアイヌの人々の遺骨等について、出土地域に居住する、または縁のあるアイヌの人々を中心に構成された団体が返還を希望する場合の手続が整理されました。
出土地域が特定され、返還を希望する団体がある場合には、申請、確認、他団体からの申請等の有無の確認、第三者委員会の意見などを踏まえて返還が進められます。出土地域や個人が特定できない場合、また直ちに返還できない場合には、北海道白老町のウポポイにある慰霊施設で保管される仕組みも設けられています。
海外に所在していたアイヌ遺骨についても、返還手続が進められています。英国の自然史博物館から返還されたアイヌの人々の遺骨について、内閣官房は、出土地域への返還手続を進めています。これは、国内の大学保管遺骨だけでなく、海外機関に渡った遺骨をどう戻すかという問題でもあります。
アイヌ遺骨返還は、アイヌ施策推進法、先住民族の権利に関する国際連合宣言、文化財・博物館制度、大学研究倫理とも関係します。国内法上は返還手続の整備が中心ですが、人権の面では、先住民族の遺骨や文化的所産を誰が管理し、誰の意思で扱うのかという課題が含まれます。
3.人権上の論点
アイヌ遺骨返還の中心にある人権上の論点は、研究や収集の対象とされた遺骨を、死者の尊厳と民族的尊厳の問題として扱い直すことにあります。遺骨を大学や博物館の保管物としてだけ扱えば、そこに埋葬した人々、祈りを継承してきた地域、民族としての記憶が見えにくくなります。
返還の手続では、誰に返すのかという問題も生じます。個人が特定されている場合、出土地域が特定されている場合、地域は分かるが個人は特定できない場合、出土地域も不明な場合では、返還や慰霊の方法が異なります。申請団体の確認や他団体からの意見聴取が必要になるのは、返還が単なる物品の引渡しではなく、地域や関係者の意思に関わる行為だからです。
アイヌ遺骨返還は、過去の研究慣行を現在の人権基準から見直す作業でもあります。大学、博物館、国、地方公共団体、アイヌ関係団体が、保管状況、出土地域、返還手続、慰霊の方法を丁寧に確認することで、アイヌの人々の尊厳を損なわない対応につながります。アイヌ遺骨返還という用語は、アイヌ政策を文化振興だけでなく、先住民族の尊厳、研究倫理、過去の権利侵害の回復という面から考えるための基本用語です。