新型コロナウイルス感染症と人権とは、新型コロナウイルス感染症にかかった人、感染した可能性がある人、その家族、医療従事者、介護職、学校、事業所、地域などに対する偏見や差別を防ぎ、必要な医療、情報、生活、プライバシーを守る考え方です。感染拡大への不安が高まった時期には、感染者への誹謗中傷、個人情報の暴露、医療従事者や家族への差別、特定地域や施設への攻撃が問題になりました。感染症対策は、公衆衛生だけでなく、人の尊厳と権利をどう守るかという人権課題でもあります。
1.新型コロナウイルス感染症と人権の意味
新型コロナウイルス感染症と人権の問題は、感染症への不安が、人への攻撃や排除に変わる場面で表れます。感染した人、感染が疑われる人、濃厚接触者とされた人、医療や介護の現場で働く人、学校や職場で感染者が出た人などが、非難や嫌がらせの対象になることがありました。
感染症対策では、手洗い、換気、マスク、受診、休養、ワクチン、療養など、状況に応じた対応が必要になります。しかし、感染した人を責める、勤務先や学校名をさらす、家族まで避ける、医療従事者の子どもの登園・登校を拒むといった対応は、感染症対策ではなく差別です。
この用語で重要なのは、感染を「自己責任」や「迷惑」として扱わないことです。感染症は誰にでも関係し得るものであり、感染した人は非難される対象ではありません。必要なのは、正確な情報、適切な医療、休みやすい職場環境、学校や地域での冷静な対応、個人情報の保護です。
新型コロナウイルス感染症は、2023年5月8日に感染症法上の位置づけが5類感染症へ移行しました。これにより、行政による一律の外出自粛要請や濃厚接触者の特定といった対応は大きく変わりました。しかし、制度上の扱いが変わっても、感染症に関連した偏見や差別の問題がなくなったわけではありません。
2.制度・法律との関係
新型コロナウイルス感染症に関係する主な制度には、感染症法、新型インフルエンザ等対策特別措置法、予防接種法、個人情報保護法、労働関係法令、学校保健安全法、人権擁護制度などがあります。
新型コロナウイルス感染症は、流行初期には感染症法上の指定感染症などとして扱われ、その後、新型インフルエンザ等感染症に位置づけられました。入院措置、就業制限、外出自粛、医療提供体制、ワクチン接種、行動制限など、感染拡大を防ぐための制度が用いられました。
2023年5月8日からは、感染症法上の5類感染症に移行しました。これにより、法律に基づく外出自粛や濃厚接触者の特定などは原則として行われない扱いになりました。感染対策は、行政による一律の管理から、個人や事業者が状況に応じて判断する形へと移りました。
一方で、感染症に関する情報は、個人の健康情報に当たります。感染者の氏名、住所、勤務先、学校名、行動歴、家族構成などを必要以上に公表したり、SNSで拡散したりすることは、プライバシー侵害や誹謗中傷につながります。感染症対策のための情報共有と、個人が特定されない配慮を分けて考える必要があります。
職場では、感染や後遺症、ワクチン接種の有無、療養歴などを理由とする不利益取扱いが問題になります。学校では、感染した児童生徒やその家族がいじめや差別を受けないようにする対応が必要です。医療・介護の現場では、職員や利用者の安全確保と、従事者への偏見防止を両立させる必要があります。
3.人権上の論点
新型コロナウイルス感染症と人権の第一の論点は、感染者やその家族を責めないことです。感染は、本人の意思や道徳性とは別の問題です。感染した人を「迷惑な存在」として扱えば、本人の尊厳を傷つけるだけでなく、検査や受診、職場や学校への報告をためらわせる結果にもなります。
第二の論点は、医療従事者や介護職への差別です。流行期には、感染リスクの高い現場で働く人やその家族が、地域や学校で避けられる事例が問題になりました。医療や介護を支える人を差別することは、本人の尊厳を傷つけるだけでなく、社会に必要なケアの基盤を弱める行為です。
第三の論点は、プライバシーです。感染情報は、健康状態に関するセンシティブな情報です。SNSや地域のうわさで感染者を特定しようとする行為、勤務先や学校を名指しして攻撃する行為、家族の情報までさらす行為は、二次被害を生みます。公表が必要な情報と、個人の特定につながる情報は区別しなければなりません。
第四の論点は、ワクチンや感染対策をめぐる対立です。ワクチン接種の有無、マスク着用、療養後の復帰などをめぐり、職場や学校、地域で摩擦が生じることがあります。医学的根拠や制度の説明を踏まえず、相手を一方的に非難する対応は、差別や排除につながります。感染対策の判断には、個人の健康状態、職場や学校の状況、高齢者や基礎疾患のある人への配慮など、複数の事情が関わります。
第五の論点は、過去の感染症差別との連続性です。ハンセン病問題やHIV/AIDSの歴史が示すように、感染症への恐怖は、患者本人だけでなく、家族、職業、地域、特定の属性への偏見と結び付きやすい特徴があります。新型コロナウイルス感染症でも、感染者を社会から切り離すような言動が起きました。
新型コロナウイルス感染症と人権を考えることは、感染症対策を軽視することではありません。正確な情報に基づき、必要な感染対策を取りながら、感染者、家族、医療・介護従事者、学校、職場、地域への差別を防ぐことです。感染症への不安を、人への攻撃に変えないことが、この用語の中心にあります。