生誕150年のエグランタイン・ジェブ 「敵国」の子を救い、子どもの権利宣言の礎に

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この記事のポイント

1.2026年に生誕150年を迎えたエグランタイン・ジェブは、第一次世界大戦後の1919年、敵味方を問わず子どもを支援するセーブ・ザ・チルドレンを創設した。
2.ジェブが起草に中心的役割を果たした「ジュネーブ子どもの権利宣言」は、1924年に国際連盟で採択され、子どもの権利を国際的に認める歴史的な出発点となった。
3.1924年の宣言から1989年の子どもの権利条約、2023年施行の日本のこども基本法へと、子どもの保護と権利をめぐる制度は発展している。

慈愛の救援キャンプ
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「敵国」の子どもにも生きる権利がある

1876年8月25日、英国シュロップシャー州に生まれたエグランタイン・ジェブ(Eglantyne Jebb)は、2026年に生誕150年を迎えた。国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」の創設者として知られるジェブは、第一次世界大戦後の1919年、英国と敵対した国の子どもたちにも食料や医療を届けようと行動した人物である。妹のドロシー・バクストンとともに始めた支援活動は、1924年9月26日に国際連盟が採択した「ジュネーブ子どもの権利宣言」へと発展した。国籍や政治的立場によって子どもの生命を区別しないという考え方は、その後の国際的な子どもの権利保障の基礎となっている。

飢餓を伝える活動で逮捕、支援の対象を敵味方で分けず

ジェブが活動した時代、1918年に第一次世界大戦が終結しても、ドイツやオーストリアなどでは食料不足が続いていた。連合国による海上封鎖も物資の流通を妨げ、子どもたちは栄養不良に苦しんでいた。1919年4月、ジェブはロンドンのトラファルガー広場で子どもたちの窮状を知らせるチラシを配布し、逮捕された。戦争の相手国への援助には反発もあったが、ジェブたちは国籍を理由に救援対象を限定しなかった。同年5月に発足したセーブ・ザ・チルドレン基金は、ドイツやオーストリアに加え、フランス、ベルギー、ハンガリーなどの子どもたちも支援した。1921年からは飢饉に見舞われたロシアでも活動を展開。敵国への支援をめぐる論争は、国家間の対立と、子どもの生命を守る人道上の責任を区別する問題を浮かび上がらせた。

救済活動だけでは守れない命、国際的な権利宣言へ

ジェブの活動は、緊急時の食料援助にとどまらなかった。オックスフォード大学で歴史を学んだ後、ケンブリッジで貧困の実態を調査し、1906年には社会問題を扱った著書を刊行している。支援を必要とする人々の状況を調べ、組織的な対策につなげようとした経験は、後の活動にも通じる。1920年にはジュネーブで国際セーブ・ザ・チルドレン連盟の設立に関わり、各国の救援活動を結びつけた。1923年には子どもの権利に関する宣言の起草に中心的役割を果たす。宣言は、子どもの発達に必要な条件の保障、病気や飢餓への援助、危機における優先的救済、搾取からの保護など、5つの原則を示した。特定の団体による慈善活動だけではなく、国際的に共有する責任として子どもの保護を考える転換点となった。

1924年の宣言と1989年の条約、その違い

1924年のジュネーブ宣言は、子どもの権利を国際社会が認めた先駆的な文書だった。ただし、国家に法的義務を課す条約ではなく、内容も主として大人が子どもを保護する責任を示していた。この考え方は1959年に国連総会が採択した「児童の権利に関する宣言」を経て、1989年の「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」へと引き継がれる。前文と54条で構成される条約は、締約国に法的義務を生じさせるだけでなく、子ども自身を権利の主体として扱い、自分に関係する事柄について意見を表明する権利も明確にした。1924年の宣言と1989年の条約は同一の制度ではない。保護を中心とした初期の理念に、差別の禁止、子どもの最善の利益、意見の尊重などが加わり、権利保障の範囲が拡張されたのである。

日本のこども基本法につながる「意見を聴く」という原則

日本は1994年4月22日に子どもの権利条約を批准し、2023年4月には「こども基本法」を施行した。同法は、日本国憲法と子どもの権利条約の精神にのっとり、こども施策の基本理念を定めている。第3条では、年齢や発達の程度に応じた意見表明と社会参加の機会を保障することを掲げ、第11条では、国や地方公共団体がこども施策の策定、実施、評価に際し、子どもなどの意見を反映させるために必要な措置を講じると規定した。これは、子どもを危険から守るだけでなく、学校生活や地域の施策など、自分に関わる事柄について意見を示せる環境を整える考え方である。もっとも、意見の尊重は、子どもの希望を無条件に採用することと同義ではない。発達段階や施策の目的などを考慮し、子どもの最善の利益に照らして判断する仕組みとなっている。

生誕150年、歴史から読み解く子どもの権利

ジェブは1928年に52歳で亡くなり、1989年の子どもの権利条約の成立を見ることはなかった。それでも、戦争で敵対した国の子どもを救おうとした1919年の活動と、子どもに固有の権利を認めようとした1924年の宣言は、異なる時代の課題を考える手掛かりとなる。戦争や災害の際にどの子どもへ支援を届けるかという問題と、平時の教育や行政施策に子どもの意見をどう反映するかという問題は、具体的な制度や対応方法こそ異なるが、国籍や境遇によらず子どもの権利を保障するという原則でつながっている。生誕150年の2026年、エグランタイン・ジェブの歩みは、セーブ・ザ・チルドレンの救援活動から国際条約、そして日本のこども基本法へと発展した子どもの権利の歴史を読み解く一つの入口となる。

出典

セーブ・ザ・チルドレン英国「Eglantyne Jebb: The Woman Who Co-Founded Save the Children」
URL:https://www.savethechildren.org.uk/about-us/our-history/eglantyne-jebb

セーブ・ザ・チルドレン英国「150 Years of Eglantyne Jebb: The Woman Who Changed Childhood Forever」(2026年8月25日)
URL:https://www.savethechildren.org.uk/blogs/2026/eglantyne-jebb-150th-anniversary

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「セーブ・ザ・チルドレンの歴史」
URL:https://www.savechildren.or.jp/about_sc/history/

ジュネーブ州公文書館「La Déclaration des droits de l’enfant」
URL:https://archives-etat-ge.ch/page_de_base/la-convention-des-droits-de-lenfant/

UNICEF「History of child rights」
URL:https://www.unicef.org/child-rights-convention/history-child-rights?trk=article-ssr-frontend-pulse_little-text-block

日本ユニセフ協会「子どもの権利条約の考え方」
URL:https://www.unicef.or.jp/crc/principles/

こども家庭庁「こども基本法」
URL:https://www.cfa.go.jp/policies/kodomo-kihon/

内閣官房「こども基本法に基づくこども施策の策定等へのこどもの意見の反映について(自治体向けQ&A)」
URL:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_seisaku_suishin/ikenhanei/index.html

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人権ニュース編集部

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