
「ビジネスと人権」という言葉を聞くと、子どもとの関係ではまず児童労働が思い浮かぶ。しかし、改定版行動計画が示している視野は、それよりはるかに広い。子ども・若者は、保護される対象であるだけでなく、消費者であり、経済主体であり、地域社会の構成員であり、将来世代を担う重要なステークホルダーでもある。だからこそ、企業活動が子どもに与える影響は、雇用や労働に限らず、製品、サービス、広告、インターネット、教育環境、家庭生活の支援にまで及ぶものとして捉えなければならない。改定版は、この発想を明確に打ち出している。
改定版は、現代の子ども・若者が直面する新たな課題として、企業のマーケティング活動による過度な商業的搾取、オンライン上での個人情報侵害や有害コンテンツへのアクセス、若年層がアルバイトで不当な労働条件に置かれることなどを挙げている。ここで注目すべきなのは、子どもの人権問題が、もはや一部の特殊な搾取の問題ではなく、日常的なビジネス慣行の中で生じうるものとして整理されている点である。企業は、子ども向けの商品やサービスを提供する場合だけでなく、広告の出し方、デジタル空間の設計、若年アルバイトの雇用管理などを通じても、子どもの権利と接続している。
改定版がこの分野で重視する背景には、近年の情報化とインターネット利用の低年齢化がある。こども家庭庁の創設や「こども大綱」に基づく施策の一元化、「こどもまんなか実行計画」の推進に加え、子どもが安全に安心してインターネットを利用できる環境整備、若年層への性暴力対策、ひとり親家庭支援、就労支援などが具体的施策として整理されている。つまり改定版は、子どもの権利を守る課題を、教育や福祉の分野に閉じ込めず、企業活動を含む社会全体の課題として再配置しているのである。
とりわけ重要なのは、企業活動に伴う性暴力や性的搾取への視線である。改定版は、子ども・若者に対する性犯罪・性暴力対策の重要性が増しているとし、「子供の性被害防止プラン2022」や、2024年成立の「こども性暴力防止法」、総合的な対策の推進を挙げている。ここでのポイントは、企業が加害主体になる場合だけでなく、教育、保育、スポーツ、オンラインサービス、観光など、事業活動の場が子どもの権利侵害の温床にならないようにする責任が意識されていることだ。
また、改定版は、悩みを持つ子ども・若者への多言語相談、若者への就職支援、共働き・共育てや柔軟な働き方の推進による子育て当事者支援、ひとり親家庭への支援も掲げている。ここから見えるのは、子どもの人権は子ども本人への直接施策だけで守られるのではなく、親の働き方や家庭の生活基盤、地域社会の支援体制と密接に結び付いているという理解である。企業にとっても、子どもの権利を守ることは、採用や労務管理、子育て支援制度、若年就労支援のあり方と直結する。
さらに改定版は、「子どもの権利とビジネス原則」の周知や、子どもに負の影響を及ぼすデジタル広告コンテンツへの対策も方向性として示している。これは、企業が子どもを「保護される対象」としてだけでなく、「影響を受ける権利主体」として扱うことを求める発想である。広告やプラットフォーム設計、コンテンツ配信、データ取得の仕組みは、一見すると便利さや収益性の問題に見えるが、その設計次第で子どもの尊厳や安全を損ない得る。改定版は、まさにこの点を企業に問いかけている。
企業実務に引き寄せて言えば、子ども・若者の人権課題は、自社が子ども向け商品を扱っていなくても無関係ではない。若年アルバイトを雇用していれば労働条件の適正が問われるし、デジタル広告やSNS発信を行っていれば情報環境への影響が問われる。さらに、従業員の子育て支援制度や、ひとり親家庭への配慮も、企業活動における子どもの権利保障の一部として理解されるべきだろう。改定版がこの分野を独立した項目として置いたのは、企業活動が子どもに与える影響の範囲が、従来の想定よりはるかに広いからである。次回は、障害者と高齢者の分野に進み、包摂性と合理的配慮の観点から企業責任を考えたい。
子ども・若者の人権を企業が考える際、日本では依然として「守ってあげる対象」という視点が強い。しかし改定版が示しているのは、子どもを権利主体として扱う発想である。これは大きな転換だ。たとえば広告やアプリ設計の場面では、子どもは単なる購買対象ではなく、情報の非対称性の下で影響を受ける存在であり、そこに企業責任が生じる。今後は、子ども向け施策の有無ではなく、自社のサービスや労務管理が子どもや若者の権利にどのような影響を与えるかを、企業が自覚的に点検できるかどうかが問われるだろう。
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