【連載 改定版「ビジネスと人権」行動計画を読む】第5回 ジェンダー平等――職場の人権課題をどう捉え直すか

ビジネスと人権

改定版行動計画が「誰一人取り残さない」ための施策推進の筆頭に置いたのが、ジェンダー平等である。これは象徴的な配置といえる。企業活動における人権問題というと、強制労働や児童労働のような国際サプライチェーンの問題を連想しがちだが、改定版はむしろ、日常の職場で起きている差別、暴力、ハラスメント、処遇格差こそ、企業が直視すべき人権課題だと示している。人権尊重は海外拠点や取引先だけの話ではなく、自社の雇用と組織文化の問題でもある。

改定版は、性的マイノリティを含め、ジェンダー平等の取組を進めていくことが重要だと明記する。その背景には、ジェンダーに基づく差別や暴力への対策が急務であるという認識がある。企業側でも、女性や性的マイノリティに対する差別、職場におけるハラスメントを重要リスクと捉えており、実際にセクシュアルハラスメントに関する労働局への相談件数は多数に上っている。改定版が見ているのは、制度論としての男女共同参画だけではない。職場の人間関係、昇進、評価、働き方の設計の中に埋め込まれた不利益が、企業活動における人権課題として現れているという現実である。

さらに改定版は、日本における女性活躍の機運が高まっている一方で、なお企業間・地域間で女性登用の差があると指摘する。女性就業者数や女性管理職比率、女性役員比率は上昇傾向にあるが、固定的性別役割分担意識、男女間の賃金差異、非正規雇用に就く女性の多さ、家事・育児・介護負担の女性への偏りが課題として残る。ここで重要なのは、改定版がこれらを単なる社会問題としてではなく、企業活動と結びついた人権問題として扱っている点だ。つまり、ジェンダー平等は「善意があれば望ましい」施策ではなく、企業の制度設計そのものに問われる論点なのである。

この視点から見ると、ジェンダー平等に関する企業責任は、ハラスメント防止にとどまらない。改定版は、企業活動における差別、暴力、ハラスメントの根絶や被害者救済に加え、産休・育休制度、仕事と介護の両立支援、非正規雇用労働者への支援、家事・育児・介護など無報酬労働への認識向上、意思決定層への女性参画、子の年齢に応じた柔軟な働き方の実現などを方向性として掲げる。ここから分かるのは、改定版がジェンダー課題を、企業内の一部部署で完結する福利厚生の話ではなく、雇用、処遇、キャリア形成、組織運営の総合課題として捉えていることである。

また、改定版は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解増進法の施行にも触れながら、多様な状況を抱える全ての人々が、ライフステージに応じ、多様な生き方や働き方を選択できる社会の実現を目指すとしている。これは、企業に対しても、単に「女性活躍」を掲げるだけでなく、性別や家族形態、性的指向、ケア責任の有無など、多様な条件を前提に職場を設計する視点を求めるものと読める。ジェンダー平等を、均一な人材像への当てはめではなく、多様な人が不利益なく働ける環境づくりとして理解できるかどうかが問われている。

ここで注意すべきなのは、改定版がジェンダー平等を、企業イメージ向上のための周辺的テーマとして扱っていない点である。むしろ、持続可能で競争力のある日本社会を目指すうえで不可欠な要素と位置付けている。人権尊重の観点から見れば、差別やハラスメントのない職場、両立支援が機能する制度、意思決定層への多様な参画は、いずれも企業の善意ではなく、当然に追求されるべき条件である。そして経営の観点から見ても、それは人材確保、定着、生産性、企業価値と直結する。ここに、改定版がジェンダー平等を人権と経営の交差点に置く理由がある。

企業実務に引きつけて言えば、ジェンダー平等への取組は、もはや一つの宣言や研修で済む話ではない。採用、配置、評価、昇進、賃金、相談対応、育休復帰、管理職登用、介護との両立支援まで、制度全体を通して見直す必要がある。改定版は、関連施策で得られた情報や好事例の提供も掲げており、政府は企業が人権リスクを特定し、人権尊重の取組を進めるために、取組事例集などを活用することを想定している。ジェンダー平等は、「理念を掲げるか否か」の段階を過ぎ、「制度をどう実装するか」の段階に入っている。次回は、同じく「誰一人取り残さない」の重要分野である外国人労働者に進みたい。

日本企業でジェンダー平等が進みにくい理由は、制度が存在しないからではなく、制度があってもなお、標準的労働者像が変わっていないからだろう。長時間働けること、転勤や異動に柔軟に応じられること、家庭責任を背負わないことを前提とした人材像が残る限り、女性だけでなく、介護を担う人、育児中の人、性的マイノリティ、病気や障害を抱える人も不利益を受けやすい。改定版がジェンダー平等を人権課題として位置付けた意味は、その標準像そのものを問い直す点にある。今後、本当に必要なのは「女性を増やすこと」だけではなく、誰を基準に職場を設計しているのかを企業が自覚することではないか。

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