1.反差別国際運動(IMADR)は9月7日、弁護士の尾家康介氏を講師とした「戦略的訴訟と日本での可能性」の学習会報告を公開した。
2.戦略的訴訟には確立した単一の定義はなく、個別の権利救済を起点に、政策や法制度、権利侵害を生む構造への変化を目指す訴訟として整理された。
3.制度変革の可能性がある半面、原告本人の希望とのずれ、敗訴の影響、費用、情報公開による誹謗中傷などのリスクも伴う。

反差別国際運動(IMADR)は2026年9月7日、「戦略的訴訟と日本での可能性」と題する学習会の報告を公表した。講師は弁護士でIMADR特別研究員の尾家康介氏。移民、難民、移住労働者などマイノリティーの権利保障を念頭に、戦略的訴訟の定義、海外・国内事例、大規模訴訟、資金確保、メディアとの関係など7つの側面から整理している。尾家氏は「戦略的訴訟」に確立した一つの定義があるわけではないとした上で、個別の権利救済を目指す訴訟を通じ、政策や法制度、権利侵害を生む構造にも変化を及ぼそうとする手法として説明した。
日本でも、被害者個人の救済を求めた訴訟が、結果としてより広い制度変更へつながった例がある。学習会では、薬害、ハンセン病、旧優生保護法、アスベストなどについて、訴訟後に給付・補償制度がつくられた事例を紹介した。同性婚、入管問題などの訴訟では、裁判と並行して記者会見、キャンペーン、政策提言が行われる場合もある。ただし、判決の法的効果は原則として訴訟当事者に及ぶため、裁判結果そのものと、その判決を契機とした制度・政策への影響は区別して考える必要がある。
国際人権法でも、権利侵害に対する「救済へのアクセス」は重要な要素である。自由権規約2条3項は、規約上の権利や自由を侵害された人に実効的な救済が確保され、その請求について司法、行政など権限ある機関が判断できることを締約国に求めている。戦略的訴訟は国際条約で定められた特別な訴訟制度ではないが、裁判を利用して個別救済を実現し、その結果を同種の権利侵害の防止へつなげようとする点では、実効的救済を社会へ広げる一つの手法になり得る。
一方、戦略性を優先すればよいわけではない。IMADRの報告では、支援側が目指す政策目的と原告本人が望む救済がずれる危険、敗訴によって不利な判断が後の案件へ影響する可能性、裁判費用、資金調達、情報発信に伴うバッシングなども挙げられた。法テラスには資力要件を満たす人への無料法律相談や弁護士費用等の立替制度があるが、すべての公益的訴訟を賄う制度ではない。戦略的訴訟をマイノリティーの権利保障に用いる場合、社会的な効果よりも原告本人の意思と安全が後景に退かないことが前提になる。IMADRの学習会は、訴訟を「勝てば制度が変わる」手法として単純化せず、その可能性と負担を同時に整理した点に特徴がある。
反差別国際運動(IMADR)「『戦略的訴訟と日本での可能性』IMADR学習会レポート」
URL:https://imadr.net/strategiclitigation2025/
国連人権高等弁務官事務所「International Covenant on Civil and Political Rights」
URL:https://www.ohchr.org/sites/default/files/ccpr.pdf
法テラス「民事法律扶助制度」
URL:https://www.houterasu.or.jp/site/higaishashien/hanzaihigai-seido-3.html
