1.日本弁護士連合会が10月16日、成年後見制度の市町村長申立てについて、全国統一の運用基準や自治体への支援拡充を求める意見書をまとめた。
2.本人の所得・資産による対象制限の撤廃や、緊急事案を除く申立ての処理期間を3か月程度とする目安の設定などを提言した。
3.2026年成立の成年後見制度改正法を見据え、本人の意思を尊重しながら、福祉と司法の関係機関が連携する権利擁護支援の充実を目指す。

市町村長申立ての運用基準と支援体制の整備を提言
日本弁護士連合会(日弁連)は2026年10月16日、「成年後見制度の市町村長申立ての推進に関する意見書」をまとめた。認知症や知的障害、精神障害などにより判断能力が十分でない人が、必要な成年後見制度を利用できるよう、市町村長による申立ての全国統一基準や、自治体の事務負担を軽減する仕組みの整備などを提言している。
意見書は11ページで構成され、適用対象の基準、申立てまでの処理期間、自治体の人員体制、関係機関との連携などを幅広く取り上げた。特に、本人の収入や資産額によって申立ての対象を制限しないこと、住民票の所在地だけで対象者を判断しないこと、虐待などの緊急事案を除いて相談受理から家庭裁判所への申立てまでの標準的な処理期間を3か月程度とすることを明示している。
日弁連が2025年の申立状況として示した数字によると、市町村長申立ては成年後見制度の申立て全体の約23.7%を占め、申立人の区分では2番目に多い。家族関係の変化や単身世帯の増加などを背景に、行政が制度利用を支える仕組みが広く利用されていることが分かる。
今回の意見書は、個々の自治体の対応を評価するものというより、国、都道府県、市町村の役割を整理し、担当者が必要な手続きを円滑に進められる環境を整えるための政策提言として読むことができる。
成年後見制度と市町村長申立ての仕組み
成年後見制度は、認知症や障害などによって判断能力が十分でない人について、財産管理や契約などの法律行為を支援する制度である。
例えば、介護サービスの利用契約、施設への入所契約、預貯金の管理、不動産に関する手続きなど、生活にはさまざまな法律行為が伴う。本人だけで対応することが難しい場合、家庭裁判所が選任した成年後見人などが、必要な権限に基づいて支援する。
現行の法定後見制度には、判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3類型がある。このほか、本人が判断能力のあるうちに将来の支援者を契約で決めておく「任意後見制度」も設けられている。
法定後見制度の申立ては、本人や配偶者、一定範囲の親族などが行うことができる。しかし、身寄りがない人や、親族がいても支援を受けられない人については、申立てを行うこと自体が難しい場合がある。
そこで、老人福祉法第32条、知的障害者福祉法第28条、精神保健福祉法第51条の11の2などでは、本人の福祉を図るため特に必要があると認められる場合、市町村長が家庭裁判所に申立てを行える仕組みを設けている。
これが「市町村長申立て」である。
市町村長申立ては、自治体が成年後見人になる制度ではない。市町村長が家庭裁判所に審判を求め、裁判所が制度利用の必要性などを判断する。そのため、申立てを行った段階で成年後見制度の利用が始まるわけではない。
所得や資産があっても支援が必要な場合がある
今回の意見書で特徴的なのが、市町村長申立ての対象を本人の収入や資産額で制限しないよう求めている点だ。
日弁連が引用した2025年3月公表の野村総合研究所による調査報告書では、本人の資産額によって市町村長申立ての対象となるか判断する自治体が多く、その基準額にも違いがあることが示されている。
しかし、一定の収入や預貯金があることと、成年後見制度の申立てを自分や家族で行えることは、別の問題である。
例えば、本人に財産があっても、申立てを手伝ってくれる親族がいない場合がある。家族関係に問題があり、親族による申立てを期待できない場合も考えられる。
日弁連は、このような事情を踏まえ、収入や資産を理由に一律に対象から外すことは、必要な制度を利用する機会を失わせかねないとして、所得・資産要件を設けないよう提言した。
ここで区別しておきたいのは、市町村長が申立てを行う対象となるかという問題と、申立費用や後見人への報酬を誰が負担するかという問題は異なるという点である。
今回の提言は、市町村長申立ての対象者を所得や資産で制限しないことを求めたもので、成年後見制度の利用費用や後見人の報酬が、所得に関係なくすべて無料になるという意味ではない。
現行制度の「後見」「保佐」「補助」についても、日弁連は3類型すべてを市町村長申立ての対象に含めるよう求めている。判断能力がある程度残されていても、本人だけでは申立手続きを進められないことがあるためだ。
住民票と生活している自治体が違う場合は
複数の市町村が関係するケースについても、意見書は具体的な改善方法を示している。
例えば、住民票を置いた自治体とは別の自治体にある施設で暮らしている人や、他市の医療機関に長期間入院している人などでは、どの市町村長が申立てを担当するかの調整が必要になる場合がある。
厚生労働省は2021年11月26日、複数市町村が関与する場合の申立基準について通知を出している。住所と実際の居所が異なる場合には、生活保護の実施機関、入所措置を行う自治体、介護保険の保険者、障害福祉サービスの支給決定を行う市町村などを基準に、申立てを担当する自治体を整理する考え方が示された。
介護保険の保険者とは、介護保険制度を運営し、保険給付などを担う市町村などを指す。介護施設に入所している人の場合、施設がある自治体と保険者となる自治体が異なることもある。
日弁連は、国が示した基準を各自治体の要綱に反映させるとともに、全国的に共通した運用ができるよう、基準を一層明確にすることを提案した。
ただし、原則を機械的に適用することで、かえって申立てが遅れる事態は避ける必要があるとしている。別の自治体が保険者などを担っている場合でも、相談を受けた市町村長が認めれば申立ての対象とできる余地を残す考え方だ。
自治体間での情報共有や役割分担を進めることによって、本人が生活する場所と行政上の住所が異なる場合でも、必要な支援につながりやすくすることを目指している。
申立てまで3か月以内の自治体は29.5%
市町村長申立てに要する期間については、具体的な調査結果が示された。
野村総合研究所の2025年3月の報告書によると、自治体が相談を受理してから家庭裁判所に申立てを行うまでの期間について、「おおむね3か月以内」と回答した割合は29.5%だった。
「おおむね3か月以上6か月以内」は31.9%、「6か月以上9か月以内」は11.8%、「9か月以上」は3.7%で、1年以上かかる自治体もあるという。
申立てまでに時間を要した業務については、次のような結果が示されている。
- 2親等内の親族の有無を確認するための戸籍の取り寄せ:84.3%
- 親族の意向確認:80.0%
- 申立てに必要な情報の収集:64.4%
- 診断書の取得や認知症などの確定:57.2%
これらの業務には、正確な情報の収集や関係者への確認が必要であり、単純に手続きを省略すればよいものではない。
日弁連はこうした実態を踏まえ、市町村が標準的な処理期間として、相談受理日から3か月程度という具体的な目安を設けることを提言した。
ただし、この3か月は市町村が家庭裁判所に申立てを行うまでの期間を指しており、家庭裁判所の審判や後見人の選任までが必ず3か月以内に完了するという意味ではない。
高齢者や障害者への虐待、財産上の不当取引の被害など、緊急の対応が必要な事案については、この標準期間の対象から除き、可能な限り速やかに対応することを提案している。
事務の標準化と都道府県による支援
申立ての迅速化には、担当職員が業務を進めやすい環境を整えることも関係する。
調査報告書によると、市町村長申立てを担当する職員の人数は、常勤換算で「1人未満」が26.2%、「1人以上2人未満」が24.0%、「2人以上3人未満」が27.7%だった。
特に申立件数の少ない自治体では、職員が手続きに関する経験を積む機会が限られる。人事異動などによって担当者が替わった場合、専門的な手続きの知識を引き継ぐことが難しいこともある。
日弁連は、こうした状況に対応するため、国による全国共通の業務マニュアルの作成や、戸籍の取得に関する庁内連携の支援、都道府県による研修・相談体制の充実を提案した。
意見書では、兵庫県が2026年2月に作成した「市町長申立て迅速化に向けた手引き」も紹介している。「15分で読める」というコンセプトで必要な知識を整理しており、新たに業務を担当する職員にも使いやすい資料の例として取り上げた。
都道府県の役割については、成年後見制度利用促進法第15条が、広域的な見地から人材育成や市町村への助言・援助を行う努力義務を定めている。
国が共通の手続きを整理し、都道府県が研修や専門的な相談を支援することによって、市町村が個別の申立てに対応しやすくなるという役割分担である。
「受任調整会議」で本人に合った後見人候補者を検討
日弁連は、市町村の中核機関で「受任調整会議」を導入し、その機能を充実させることも提言している。
受任調整会議とは、成年後見制度の利用を検討している人について、生活状況や支援の必要性を確認し、どのような後見人候補者が適しているかを関係者が協議する会議体をいう。
成年後見人等には、親族のほか、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職や、市民後見人、法人などが選任される場合がある。
財産管理の問題が複雑な人もいれば、日常生活や福祉サービスの利用に関する支援が中心となる人もいる。必要な支援の内容に応じて候補者を検討することが、受任調整の役割となる。ただし、最終的に後見人等を選任するのは家庭裁判所である。
意見書が引用した調査では、受任調整会議を実施している自治体のうち、相談受理から3か月以内に申立てを行うと回答した割合は約4割だった。全体の約3割と比べて高い割合となっており、日弁連は会議の活用が申立ての迅速化につながると分析している。
受任調整会議の役割は、後見人の選任前だけに限られない。
後見人が選任された後も、地域包括支援センターや障害福祉の相談支援機関、医療機関などとの協力が必要になる場合がある。日弁連は、後見人等が選任された後も、市町村や中核機関が必要な支援を続けられる体制を整えることを提言した。
2026年成立の改正民法で制度はどう変わるのか
成年後見制度は、2026年6月17日に成立し、同月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」によって、大きな見直しが予定されている。
現行の法定後見制度では、本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3類型が設けられている。特に後見類型では、成年後見人に包括的な代理権や取消権が与えられるため、本人の自己決定が必要以上に制限される可能性が指摘されてきた。
改正法では、現在の後見と保佐を廃止し、基本的に補助制度へ一元化する。本人に必要な法律行為について支援する権限を付与し、必要な範囲で利用できる制度に改める。
法務省によると、成年後見制度の見直しに関する規定は、公布日から2年6か月以内の政令で定める日に施行される。2026年10月21日時点では、現行の3類型による制度が適用されている。
日弁連の意見書は、改正後の補助制度について、制度利用開始時に原則として本人の同意が必要になり、個別の代理権の必要性をより丁寧に確認することになると説明している。
代理権とは、本人に代わって法律行為を行う権限をいう。例えば、本人が必要とする福祉サービスについて、代理権の範囲内で契約を行うことなどが考えられる。
改正後は、本人にどのような支援が必要なのかを、より具体的に整理していくことになる。
そのため、市町村長申立てでも、単に書類を整えるだけではなく、本人の意思を確認し、福祉関係者と協力して必要な支援の範囲を検討することが制度利用の準備に関係する。
改正社会福祉法との関係も
2026年6月19日には、「社会福祉法等の一部を改正する法律」も成立し、同月25日に公布された。
この改正では、頼れる身寄りがいない高齢者などへの支援体制の充実や、判断能力が十分でない人への権利擁護支援の整備などが盛り込まれた。
これまで地域の「中核機関」と呼ばれてきた機関についても、「地域権利擁護相談支援センター」として法律上の仕組みを整えることが予定されている。
成年後見制度は、主に法律行為の支援を担う制度であり、日常生活上のさまざまな困りごとをすべて解決するものではない。買い物や見守り、生活上の相談などについては、福祉サービスや地域での支援と組み合わせることが必要になる。
改正社会福祉法は、こうした地域の支援体制の整備を進めるものであり、改正民法による成年後見制度の見直しとは異なる役割を持つ。
日弁連も意見書の結びで、頼れる身寄りのない人への切れ目のない支援を進めるうえで、市町村長申立てによる成年後見制度の利用との連携が欠かせないと指摘している。
本人の意思を尊重する権利擁護支援
成年後見制度を考えるうえで、もう一つ知っておきたいのが「意思決定支援」という考え方だ。
意思決定支援とは、本人が何を望んでいるのかを確認し、自分の意思に基づいて生活上・法律上の選択ができるよう支援することをいう。
認知症や障害によって判断に支援を必要とする人も、住まいや生活の仕方、利用したいサービスについて希望を持っている。
例えば、説明を理解するのに時間がかかる場合、支援者が本人の希望を聞く時間を確保したり、説明方法を工夫したりすることで、本人が意思を表せることもある。
成年後見制度では、本人を財産上の不利益から保護することと、本人の意思を尊重することの双方が関係する。
必要な契約を支援するために後見人等を選任する場合でも、本人の希望を確認せず、生活に関する判断を一方的に進めてよいわけではない。
今回の意見書が、申立ての迅速化とともに中核機関や福祉関係者との連携を提案しているのは、本人の状況を把握し、必要な支援を丁寧に検討するためでもある。
制度改正によって本人に必要な範囲での支援を利用できるようになれば、意思決定支援と法律上の支援を組み合わせる仕組みが、さらに具体化されることになる。
成年後見制度の利用を相談したい場合
成年後見制度の利用について知りたい場合は、本人や家族だけでなく、日常生活を支える福祉関係者なども、地域の相談窓口に問い合わせることができる。
高齢者の場合は、地域包括支援センターや市区町村の高齢者福祉担当部署、障害のある人の場合は障害福祉担当部署や基幹相談支援センターなどが相談先となる。
地域によっては、成年後見制度の中核機関や社会福祉協議会などが相談に対応している。
身寄りがない場合や、親族による申立てが難しい場合には、市町村長申立てが利用できるかどうかを相談することもできる。
ただし、相談したことによって必ず成年後見制度の利用が決まるわけではない。本人の希望や生活状況を確認したうえで、成年後見制度以外の福祉サービスや支援制度を含め、必要な方法を検討することになる。
厚生労働省は、制度の仕組みや相談先を紹介するウェブサイト「成年後見はやわかり」を公開している。制度を初めて調べる人も、申立ての流れや成年後見人等の役割について確認できる。
日弁連の今回の意見書は、市町村の手続きを全国共通の基準で整理することに加え、国や都道府県による実務支援、後見人選任後も含めた地域の連携体制の充実を提案した。2026年の民法・社会福祉法改正と合わせて、本人の意思を尊重しながら必要な権利擁護支援につなぐ仕組みを具体化するための提言となっている。
日本弁護士連合会「成年後見制度の市町村長申立ての推進に関する意見書」(2026年10月16日) URL:https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2026/261016.pdf
野村総合研究所「成年後見制度利用支援事業の推進に関する調査研究事業報告書」(2025年3月) URL:https://www.nri.com/jp/knowledge/report/files/000045263.pdf
法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」 URL:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
国立国会図書館「社会福祉法等の一部を改正する法律(令和8年法律第51号)」 URL:https://hourei.ndl.go.jp/simple/detail?current=1&lawId=0000171344
厚生労働省「成年後見はやわかり ご本人・家族・地域のみなさまへ」 URL:https://guardianship.mhlw.go.jp/personal/

