人間の尊厳とは、すべての人が、その能力、年齢、健康状態、社会的地位、出身などにかかわらず、人間であること自体によって尊重されるべき存在だとする考え方です。基本的人権の根拠となる概念であり、人を国家や組織の目的を達成するための単なる手段として扱わないことを意味します。
1.人間の尊厳の意味
人間の尊厳は、人の価値を、能力、生産性、財産、社会への貢献度などによって決めてはならないという原則です。病気や障害がある人、判断や意思の表明に支援を必要とする人、拘禁されている人、生活上の困難を抱える人も、他の人と同じく尊重されなければなりません。
「尊厳」は、単に丁寧に接することや、相手を傷つけないことだけを意味しません。本人の意思を無視する、人格を否定する、身体や生活を一方的に管理する、差別的に扱う、人として最低限必要な生活条件を奪うといった行為も、尊厳に関わる問題となります。
人間の尊厳という考え方からは、すべての人を独立した人格と意思を持つ主体として扱うことが導かれます。本人に代わって周囲が「本人のためになる」と判断した場合でも、本人の意思や選択を確認せずに行動を制限すれば、尊厳や自己決定を損なう可能性があります。
2.制度・法律との関係
日本国憲法には、人間の尊厳という言葉を憲法全体の原則として直接定めた条文はありません。ただし、第13条は「すべて国民は、個人として尊重される」と定め、生命、自由及び幸福追求に対する権利を国政上最大限尊重することを求めています。
第24条第2項は、婚姻、財産権、相続、住居の選定、離婚その他の家族に関する法律について、「個人の尊厳と両性の本質的平等」に立脚して制定しなければならないと定めています。家制度や性別による固定的な役割ではなく、家族を構成する個人の人格と平等を基礎に制度を設計するという原則です。
国際人権法では、人間の尊厳が人権の基礎として明確に示されています。世界人権宣言は、その前文で人類社会のすべての構成員に固有の尊厳があることを掲げ、第1条で、すべての人が尊厳と権利について自由かつ平等に生まれると定めています。
自由権規約と社会権規約も、すべての人の権利が人間の固有の尊厳に由来することを前文で確認しています。障害者権利条約は、固有の尊厳、本人が選択する自由を含む個人の自律、非差別、社会への完全かつ効果的な参加などを一般原則に掲げています。
3.人権上の論点
人間の尊厳が問題となる場面には、虐待、差別、拷問、強制労働、性暴力、過度な身体拘束、本人の意思に反する医療や施設入所、劣悪な居住環境、プライバシーの侵害などがあります。生命や身体への直接的な侵害だけでなく、人格や意思を無視する取扱いも対象になります。
医療、福祉、教育、矯正施設などでは、安全の確保や支援を理由として、本人の行動を制限する場合があります。しかし、必要性を具体的に確認せず、職員や組織にとって管理しやすいという理由で一律に制限することは、尊厳を損なうおそれがあります。制限の目的、期間、方法、代替手段の有無を個別に検討しなければなりません。
人間の尊厳は、特定の行為を直ちに違法と判断するための単独の基準とは限りません。実際の法的判断では、生命、身体の自由、プライバシー、自己決定、平等、生存権などの具体的な権利や、関係する法律と結びつけて検討されます。
人間の尊厳を保障するには、危害を加えないだけでは足りません。本人が必要な情報を得て、意思を表明し、選択し、社会生活に参加できる条件を整えることも含まれます。人間の尊厳は、すべての人を保護の対象としてだけでなく、自ら権利を行使する主体として扱うための基本原則です。